ドーパミンの仮説
When we fall in love!( 恋に落ちたとき)、
パートナーに会ったり、手紙を交わしたり、声を聞いたりしただけで、脳の中心部からドーパミンという神経伝達物質が多量に分泌される。ドーパミンの多量分泌にはパートナーの全てを許し・認め・癒やされ・逢いたくなる…といった効果(恋してる状態)をもたらす。
人類は、ヒトという種がサルからチンパンジーと分かれて登場した時代からずっと長く、男女のカップル(両親)で協力して子育てをしなければならなかった。子供は一人で育てられないほど未熟(直立したヒトは骨盤の中央部分の産道を大きく出来なくて、赤ちゃんは他の哺乳類よりずっと小くないとそこを通れない)で産まれるからだ。
数百万年の間、人類の子供は三年で親の手があまりかからないほどに育った(現在は三年よりかかるが)。それで、カップル(男女)は四年ほど経過すると、次の子を生み育てるステージに移行した。生きるにきびしい時代だったから、次の子を生み育てるパートナーは前の子のそれと同じでない場合の方が多かったのだろう。
パートナーの欠損に長くクヨクヨしていては子供が残せない。だから、パートナーに対するドーパミンは四年で減少する。それは、進化の過程で得た合理性である。
恋いに落ちて、めでたく結婚したんだけれど、性格の不一致なんていう理由で離婚に至る場合がある。二十一世紀の現在の統計では、離婚率は結婚から四年目が一番高い。それは、くしくも、上記ドーパミン四年目の減少と一致している。
四年をすぎたカップルが恋に落ちた状態を長く続けようと思うならば、意図的にお互いを尊重しあい、意図的に協力し、意図的に何かを作りあげて行くなど・・・工夫しなければならない。そうでなければ、ドーパミンの出る量は単独で生きるための必要量までの減少してしまうことになる。
山登りの場合はどうだろう。なぜか山にあこがれ、登り始めて、もっと安全に、もっとたくさん、もっと素敵な山を求めて、山岳会に入るor山仲間を作るor登山教室で学ぶorクライミングジムのコミュニティに入るor単独行で行くなどしながら、序助に取り組んで行く。一年ほどで体力と技術がついてくると、のめりこみ、憑かれたように行くようになる。
でも多くの場合、三年目でペースダウン、おいしい山を選んで行くようになる。
四年目はもっとペースダウン、よっぽどおいしい山しか行かなくなり、体力と技術が落ちてきて、おいしい山がおいしく感じなくなって、そして山から遠ざかる。それは、ちょうど上記の恋人に対するドーパミン四年目の減少と一致している。
だから、山登り三年目からは山(or山の仲間)を意図的に尊重し、意図的に協力し、意図的に何かを作りあげて行くなど・・・工夫をしなければならない。
(J記:ひさしぶりの投稿です)
「山恋い」 Timtamの歌集より
1、同じ思いにあこがれて 胸にいだいて行く道は
希望の道ぞ山男 いざ共々に進まなん
2、人皆花に酔うころは 残雪恋し山に来て
涙を流す山男 雪解の水に春を知る
3、故郷の山低けれど 夏はアルプス岩は呼ぶ
岩に寄すれば山男 無我を悟るはこの頃ぞ
4、深山の紅葉初時雨(みやまのもみじはつしぐれ)
テントぬらして暮れて行く
心なき身の山男 淋しさ知るはこの頃ぞ










































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