July 02, 2009

ドーパミンの仮説

When we fall in love!( 恋に落ちたとき)、
パートナーに会ったり、手紙を交わしたり、声を聞いたりしただけで、脳の中心部からドーパミンという神経伝達物質が多量に分泌される。ドーパミンの多量分泌にはパートナーの全てを許し・認め・癒やされ・逢いたくなる…といった効果(恋してる状態)をもたらす。

人類は、ヒトという種がサルからチンパンジーと分かれて登場した時代からずっと長く、男女のカップル(両親)で協力して子育てをしなければならなかった。子供は一人で育てられないほど未熟(直立したヒトは骨盤の中央部分の産道を大きく出来なくて、赤ちゃんは他の哺乳類よりずっと小くないとそこを通れない)で産まれるからだ。

数百万年の間、人類の子供は三年で親の手があまりかからないほどに育った(現在は三年よりかかるが)。それで、カップル(男女)は四年ほど経過すると、次の子を生み育てるステージに移行した。生きるにきびしい時代だったから、次の子を生み育てるパートナーは前の子のそれと同じでない場合の方が多かったのだろう。

パートナーの欠損に長くクヨクヨしていては子供が残せない。だから、パートナーに対するドーパミンは四年で減少する。それは、進化の過程で得た合理性である。

恋いに落ちて、めでたく結婚したんだけれど、性格の不一致なんていう理由で離婚に至る場合がある。二十一世紀の現在の統計では、離婚率は結婚から四年目が一番高い。それは、くしくも、上記ドーパミン四年目の減少と一致している。

四年をすぎたカップルが恋に落ちた状態を長く続けようと思うならば、意図的にお互いを尊重しあい、意図的に協力し、意図的に何かを作りあげて行くなど・・・工夫しなければならない。そうでなければ、ドーパミンの出る量は単独で生きるための必要量までの減少してしまうことになる。

山登りの場合はどうだろう。なぜか山にあこがれ、登り始めて、もっと安全に、もっとたくさん、もっと素敵な山を求めて、山岳会に入るor山仲間を作るor登山教室で学ぶorクライミングジムのコミュニティに入るor単独行で行くなどしながら、序助に取り組んで行く。一年ほどで体力と技術がついてくると、のめりこみ、憑かれたように行くようになる。

でも多くの場合、三年目でペースダウン、おいしい山を選んで行くようになる。

四年目はもっとペースダウン、よっぽどおいしい山しか行かなくなり、体力と技術が落ちてきて、おいしい山がおいしく感じなくなって、そして山から遠ざかる。それは、ちょうど上記の恋人に対するドーパミン四年目の減少と一致している。

だから、山登り三年目からは山(or山の仲間)を意図的に尊重し、意図的に協力し、意図的に何かを作りあげて行くなど・・・工夫をしなければならない。
                         (J記:ひさしぶりの投稿です)

「山恋い」 Timtamの歌集より
1、同じ思いにあこがれて 胸にいだいて行く道は 
  希望の道ぞ山男 いざ共々に進まなん
 
2、人皆花に酔うころは 残雪恋し山に来て
  涙を流す山男 雪解の水に春を知る

3、故郷の山低けれど 夏はアルプス岩は呼ぶ
  岩に寄すれば山男 無我を悟るはこの頃ぞ

4、深山の紅葉初時雨(みやまのもみじはつしぐれ)
  テントぬらして暮れて行く
  心なき身の山男 淋しさ知るはこの頃ぞ

| | Comments (0)

July 01, 2009

三ツ峠山報告

1 登山口近くで。富士山の見えたのはここだけ、10時期頃になったら雲に隠れてしまいました。写真撮っといてよかった。
2 2時間歩いて、岩場の雰囲気が出てきました。もう少ししたら。
3 三つ峠のゲレンデ。スケールが大きい! 
4 三つ峠山山頂にて。
5 モリアオガエルの卵か?下山路は、自然豊かで人影少ない道を、邯鄲かと聞き間違う蛙の鳴き声に送られて。
6 可憐な花々多し。
7 太宰治の歌碑。”惚れたら悪いか”
Img_1491_1_1 Img_1502_2_1 Img_1510_3_1 Img_1520_4_1 Img_1524_5_1 Img_1531_6_1 Img_1536_7_1

| | Comments (0)

June 27, 2009

「猩々庵」出店報告

去る6月20日、栃木県日光市松木渓谷、標高1100m付近に出店しました。

かつて日本のグランドキャニオンと言われた、岩肌がむき出しの渓谷。数多くの美瀑を楽しみながら遡行するに従い、緑が増してきました。およそ4時間の沢旅ののち、ニゴリ沢出合いの高台に幕営して開店。

本日のお客様は、武内講師とTHさん。
沢の流れと鳥のさえずりを聞きながら、なごやかな時を過ごしました。

<今回の肴>
 ・馬スネ肉の煮込み
 ・もろきゅう不思議ドレッシング添え
 ・さんまざく
 ・じゃことミョウガのごま油炒め
 ・ネマガリダケと椎茸の網焼き
 ・コンビーフと玉葱炒め

Cid_3328820252_2891100_4

(写真はネマガリダケ)

馬のすね肉は足かけ二日間、6時間ほど煮込んだもの。口の中で自然に崩れるほどに軟らかくなった肉と、後味の旨味が絶品です。これは、自宅で作って持ってあがりました。
「うざく」ならぬ「さんまざく」は、さんまの蒲焼きの缶詰ときゅうりを三杯酢で和えたもの。さっぱりとした酢の味が疲れを癒します。
旬菜ミョウガとじゃこは軽さと調理の簡単さがポイント。お手軽で、酒の肴にもなるし、白飯のトッピングにもなります。
ネマガリダケは、山菜の最後を飾る一品。ほのかな甘味と香りをお楽しみ頂きました。

<今回のお酒>
 ・岩波 上撰 本醸造(松本)
 ・大信州 超辛口純米(松本)
 ・信濃鶴 純米酒(駒ヶ根)
プラス、THさんがお持ち下さった茨城の酒「松盛」。味と腰がそこそこあって、美味しかったです。

       謎の小居酒屋 日本酒処 猩々庵 庵主

| | Comments (0)

June 26, 2009

Timtam投稿事始め:夢、実現?

 昨年(2008年)10月に入会したI島です。50歳も後半を迎えてからなぜか山に魅せられて、Timtamに入ってしまいました。入会のきっかけは、個人的には山を登ってはいたのですが、エアリアの赤線ばかりを歩く事に幾分とも疑問を持つようになり、もう一味ちがった山登りができるのではないか、そういう意味でも登山の基本技術をしっかり身につけたいと思い、身につく登山の会もしくは教室を探していたためです。探すといってもネットサーフィンをする程度だったのですが、数多ある趣味の会や山岳会や教室の中で、とても気になったのがTimtamでした。この会のホームページの充実と、会の名前が気にかかりました。前者に関しては、ホームページの内容がしっかりしていてしかも商業向けでないということは、きっと運営者がその道のエキスパートで、しかも損得を考えていない!きっと情熱をもって事(山)に当たっているという判断が働きました。名前に関してはロマンを感じました。Time travels by mountaineering(山に登って時を旅する)。うーん、時を旅するなどとロマンに満ちた殺し文句を会の名前にするなんて、なんとも甘美でこころをくすぐる命名ではありませんか。こんな名前をつけるのは誰だろう、きっとただ者ではない!という直観が働きました。
 そこで2008年9月の机上講習におそるおそる恵比寿まで出かけて行きました(参加費無料というのが嬉しいやら怖いやら、でした。というのはただより怖いものはない、というのが我が家に伝わる家訓だったからです)。恵比寿の会場を覗くと、すでに多くの方が来場していました。中には常連!というような顔をされている方もいるのですが、こちらは小さくなって後の席を占めました。
 熱心に話を展開されるM浦講師の姿に、ここでも会の魅力を感じました。M浦講師は会の代表。一般的に、どのような会でも会の代表というのはとても重要な位置を占めます。その人物を中心に(そしてその人物に魅せられて)重要なポジションを占める人たちが集まるからです。そしてさらにその重要なポジションに着いている人たちに魅せられて・・・人が集まるという具合です。これは後になって山行を重ねて知る事になるのですが、Timtamのメンバーは知り合うと本当に気が置けない方ばかりです。これは一つには山を真剣に楽しみたいと思う人たちの特性なのかもしれません。そして、この会を代表する方々の人柄が会員になった人たちを惹きつけたのでしょうね。
 机上講座を終えた帰り道に思う事は、もう、こうなったら入会するしかない!でした。自分の年齢や知識、技術を考えるとやっていけるのかなとの一抹の不安も覚えましたが、「なるようになる!」とばかりに、入会してしまいました。基礎的な技術を身につけたいというのは確かな欲求なのですが、実は(告白すると)いくぶんともミーハー的なところでやってみたいことがありました。それは、ヘルメットを被ってロープを出して、えいやーと岩登り。なんだか怪しい金属道具をチャラチャラ音立てて、岩壁を登って行く、そうです、あれです、あれ。ロッククライミング。
 無理を承知に鷹取での救助訓練の練習に参加させていただきました(11月8日)。M浦講師からは、直々、事前にクライミングジムで基本の手ほどきを受け、三浦半島に出かけて、訓練に参加しました。現地でさっそく壁に取り付いたものの、あらら、登れない。しかし、懸垂下降を習ったり、ロープワークの基礎を実習したり、気分はもうすっかり一端の山屋です(素人の浅はかさで,その後、奥の深さを思い知る事になります。トホホ)。この訓練では、先輩にいろいろ教えてもらえたのですが、多すぎて整理できずに失礼しました。なにせすべてが初体験、低いながらも頂きから見える浦賀の海の景色や、ロープに吊る下がり一人でそのロープを登れた事など、感激消えやらずに帰りの電車に乗ったのを覚えています。現場から下山して、追浜駅に向かって町中を怪しげなザックを背負って駅に向かって歩いていると、町の人も怪訝な表情で一瞥を投げかけてきました。何だか怪しい一行ですが、幾分とも誇らしい感情(カッコいいでしょう、僕ら)が沸いたのも事実です。
 その次の参加は、11月22日の丹沢の沢でした。水無川本谷を沖ノ源次郎までの遡行でした。これは本当に楽しかったですね。ほとんど連れってもらった、という山行でした(当たり前です!)が、滝の水に打たれたり、谷に注ぐ初冬の穏やかな木漏れ日を浴びたり、Timtamの多くの先輩(皆さん年齢は私よりも若いのですが、山に関しては大先輩です)に会えたりと、山の新しい楽しみを経験できた貴重な一日となりました。
 その後は御正体山のスノートレッキングに参加しました(12月14日)。これはこれでまた異なったテイストの山行でした。朝、雨。富士急行都留駅からタクシーで鹿留方面に向かったのですが、途中で林道が行き止まりでそこから歩いて登山口まで。少し登り始めると、雨はミゾレに変わりました。そして少し高さを稼いで行くとなんと雪ではありませんか。頂上に着いたときの外気温はマイナス8度。手が冷たいわけです。はーはーぜーぜーと息を切らせ、私の遅い足取りにも先輩の宮Xさんが最後尾についてくれて、あせらなくても大丈夫と励ましてくれたのは、救いでした。そういえば、頂上では宮Xさんのカップヌードルのスープを少々頂いてすっかり元気になりました。下山は道坂トンネンルの入り口で、そこからタクシーで谷村町駅まで帰りました。雪の山、それも水墨画のような白と黒の濃淡が混じり合う静かな、あくまで静かな、雪の舞う幽玄の世界に遊びました。帰りの電車でおいしいハラモワインのワンカップで一杯やりながら、時空を旅した記憶を反復しながら、眠りに入りました(この山行の写真はホームページのTimtam写真帳のスノートレッキングのアルバム)を参照してください)。 
 その後もTimtamの企画にはしっかり参加したいと思っていたのですが、年を越す前後に体調を崩して2ヶ月ほど山行を押さえざるを得ませんでした。ただ3月からは体調も戻り、比較的積極的に山行に参加しました。そして、今度は・・・不治の病に罹ってしまいました。ああ、それ以来、私の山登り病は益々治癒不可能になり、症状は悪化の一途を辿っています。暇さえあれば、本屋(もちろん地図と山のコーナーです!)、山道具屋にでかけ、またTimtamの山の企画に魅了され、どれに参加するか悩み(興味深い山行がダブったときの選択のつらさ)、個人的に行く山を探すために山の地図を広げては一人山を夢想する・・・。ああ、駄目だ、駄目だ。仕事、仕事、と一人悶々とする日々を過ごすようになりました。しかし、病、治まる所を知らず。最近では、洋書のクライミングの本などまでまとめて購入する始末。さらに具体的な山行では、各講師の方の提案する山行の地形図を広げて山行のシミュレーション。山への熱き心、留まる所を知らず、です。あー、暇が欲しい!
 なんだか、感嘆符や解説の多い文章になってしまいましたが、こちらの心情をお伝えするために、多用してしまいました。次回からは謹んで書くようにいたします。ご容赦を。
 さて、山行については正確な時間などを記録するのは得意ではないし、解説めいたことも書けません。ですが、一応デジタルカメラなどを持参してちょこちょこシャッターなども押しているし、私なりの山行の印象もあるので、印象記のようなものをTimtamの掲示板かブログに載せてもらおうと考えるようになりました。M浦氏が、「最近投稿が少ない!」とお嘆きの様子もありますので、お世話にばかりなっているM浦氏のために少しは嘆きの解消(蓄積になったらごめんなさい)になれば幸いです。
 次回からは今までの山行の印象などを少しずつ書こうと思っています。おつきあい頂ければ幸いです。
 本格的なTimtam参入の最初の山行である水無川本谷遡行(2008年11月22日)の写真を貼付けておきます。上から順に以下の通りです。(投稿者:I島)

写真1:F1の滝と準備するH坂氏(H坂氏はアイゼントレーニンググループ)。
写真2:F2を登る紅一点Y田さん。
写真3:F3をリードするS水氏。
写真4:F3をリードするH坂氏(彼の足下にご注意。彼のグループはアイゼン付けての冬山対策訓練中です)。
写真5:F3で見守る人たち。
写真6:F3Rimg01262 Rimg01552の上部をトラバースするI上氏。足にはアイゼン付きです。 Rimg01682 Rimg01752 Rimg01862 Rimg01872

| | Comments (0)

June 11, 2009

長沢背稜縦走

長沢背稜縦走 (曇り時々雨)
日 時: 2009年5月16日~17日    
行 程: 第1日 鴨沢~七つ石山~小雲取山~雲取山頂~雲取山荘(泊)   
第2日 雲取山荘~芋ノ木ドッケ~長沢山~水松山~酉谷峠~一杯水避難小屋~日原   
      全行程=17時間半
PHOTO-1 霧の中、奥多摩避難小屋から小雲取山に向かう。左は、コバイケイソウの大群落。   
PHOTO-2 雲取山頂にて。今日は思いのほか歩きでがありました。   
PHOTO-3 山小屋はこういう交流があるから楽しい。岩手弁を操るアメリカ人とあまり日本語を操らないが広島に住むアメリカ人。   
日本人のアラカン3人連れは長野県の高校の同級生。うち1人は、西穂で大勢の高校生が死んだの落雷事故の生き残りと聞き、   
思わず体をハグしてしまいました。   
PHOTO-4 芋ノ木ドッケで秩父三峰に行く道と別れると、倒木の中のか細い踏み跡を辿ります。   
PHOTO-5 朝から風雨強く、時折ミゾレ交じり。寒風に顔面をたたかれながらの稜線歩きは結構つらく、これから先の行程に少し不安を感じました。   
比較的軽装で来たことを反省。   
PHOTO-6 柱谷の頭付近のシャクナゲ自生群落。開花には少し早すぎた。ここで、天祖山に下るという5人パーティと別れます。これ以降は誰ひとり
とも行きあいませんでした。
PHOTO-7 気の早いシャクナゲでもう咲いているのがいます。
PHOTO-8 水松山(アララギヤマ)への稜線を歩きます。ここらで風雨が少し収まってきたので一安心。我々は、ここで、どう間違ったか
天祖山への尾根を下ってしまいます。梯子坂ノクビレで標識をみて間違ったのに気づき元来た道を稜線まで引返す羽目に。
「山はこういうエンタテインメントもあるから面白い」というと、「なんとでも言えるわい」の声あり。
PHOTO-9 天祖山北面は石灰岩採掘の爪痕が無残な姿をさらす。
PHOTO-10 小屋から三つドッケまで、ここで約半分の行程。あと2時間ちょっとで酉谷避難小屋、一杯水から日原のバス停まではまだ7時間
くらいかかるのかな?
PHOTO-11 若葉が美しい。
PHOTO-12 雨はほぼ上がり、北へ連なる秩父の山々が墨絵のように美しい。
PHOTO-13 まだ新しい酉谷避難小屋は、基盤の崩壊で立ち入り禁止。
PHOTO-14 石尾根方面を望む。一段高いピークは鷹巣山ではないだろうか?
PHOTO-15 もう少しで一杯水避難小屋。広がる峯々は山の奥深さを感じさせる。
PHOTO-16 一歩先は数百メートルの断がい絶壁。風で体が煽られないよう低木の基部を掴んでのひやひやの記念撮影。
PHOTO-17 一杯水避難小屋。昨夜大勢泊って大宴会があったのか、小屋内は酒と肴の匂いが充満していました。
PHOTO-18 ツツジの花に初めて出会えました。本格的開花はあと10日から2週間先でしょうか?

7z101_3 7z102_3 7z103_2 7z104_2 7z105_2 7z106_2 7z107_2 108_2 7z109_2 7z110_2 7z111_2 112 7z113_2 7z114_2 7z115_2 7z116_2 7z117_2 118 

| | Comments (0)

May 26, 2009

丹沢三昧

5/23勘七の沢遡行→源次郎沢下降

5/24セドノ沢右俣遡行→セドノ沢左俣下降

   (雨天によりセドノ沢左俣遡行→書策新道下降に変更)

メンバー 5/23 M氏 K郎  5/24 KA氏 K郎

丹沢の沢は比較的短い沢が多いので、遡行と下降を組み合わせ、表丹沢を中心に沢登りに行ってきました。

大倉バス停から一時間半ほど歩き、勘七沢の出合いに着く。今日は晴れているせいか、入溪点には我々のほかに二組ほど遡行者が見られた。

勘七の沢で最も難しいとされるF1 5mは確かに出だしの数歩は難しいが、落ちたところで釜にドボンするだけで、釜も十分深いので怪我をすることは無い。今日は源次郎の下降が控えているので、ロープを出すかどうかは時間とも相談しながら決めるため、F1はロープ無し。その後も深い釜をへつったり、水流を直登したりと続々と現れる滝を嬉々として越えていく。

沢は遡行者にわんこそばのように繰り出す様々な滝のどこをどう登り、どう巻くか瞬時に判断していくのがおもしろい。

途中の連続する堰堤は一つ一つ越えたが、左岸にいくつかまとめて巻ける小径を発見した。ただ全てを巻けるかまでは確認できず。

核心のF5大滝15mを越えてからは徐々に水流は減り、最後は花立山荘を目指して枯れた沢筋を忠実に詰め、山荘の裏側にでる。

山荘の前は多くの登山客で賑わっていた。ここでザックをおろし、地図を差し替え、源次郎下降準備に入る。一応靴もスパッツも全部脱いで蛭チェックをしておく。

次は源次郎沢の下降だが、小屋から登山道を少し登ると右側に明瞭な小尾根が東に延びているので、地形図から源次郎沢下降の取り付きはこの尾根からに間違いないと判断。足元の踏み後もそれを裏付ける。下降を始めると草つきがガレに変わり、周囲も徐々にではあるが沢筋の地形をなしてくる。落石に注意しながら順調に下降を続け、大滝10mで懸垂の支点を作り、滝を降りると・・・明日合流予定のKA氏とばったり遭遇!なんでもKA氏のパーティは予定より早く終了したため、パーティ解散後、我々が下降している源次郎を遡行してきたそうだ。その後行動を共にして、無事に源次郎沢下降した。結局ロープを使ったのは、大滝での懸垂下降だけだった。

この日でM氏とは別れ、私とKA氏は大倉バス停付近にテント泊する。夜9時頃ふと目を覚ますと、ザーザーと雨が降っている。とりあえず明日は中止の見込みが高くなったので、明朝から合流予定のHO氏に、沢中止の連絡をしておく。

翌朝は小雨になったため、水流をみて最終的に中止にするか判断しようということで戸沢に行ってみると、まぁ少し増水したかなという程度なので、セドノ沢を左俣に切り替え、雨で岩盤がもろくなっていると思われるガレ沢のツメを中止し、沢の上部を横切る書策新道までと決めて、遡行を開始。こちらも勘七同様、様々な表情をもった滝が現れ、非常に楽しい。核心の13mの大滝は、左壁に残置が見えるが、ルートが読めるのは右壁なのでこちらを登っていく。雨で濡れ、黒光りするコケのった岩の突起は明らかに滑りそうだ。慎重に足を置いて登っていく。

その後の8mの滝はKA氏によるリードで突破。大滝よりは低いが、こっちは垂壁なので高度感があるし、丹沢の石質はがっちり握りこむとボロっと取れてしまいそうで、これまたやっかいだ。ホールドを一つずつ確認しながら登る。この滝を越えて少し進むと、書策新道が横切っており、なんだかあっさりと終了してしまった。最後まで詰めたい気持ちもあるが、昨日の遡行からも、丹沢の地質は奥多摩や奥秩父よりガレが崩壊しやすいと判断、これでよかったのだと納得させる。

新道はところどころ視界が開ける。今日は雨時々曇りといった天気で、麓に見える雨雲がぷかぷかと浮かんでいる。

50分ほどで戸沢に到着。ここで再び蛭チェックすると・・沢靴を登る蛭を発見!今回、丹沢の蛭除けに持ってきた自家製飽和食塩水スプレーを吹きかけると、あっという間に剥がれ落ちて、のた打ち回っている。思いのほか効果があったので、これから蛭が増える時期はこれをズボンやスパッツに吹きかけていこう。

雄大な渓谷美の奥秩父や、苔むした緑豊かな奥多摩の沢も好きだが、登攀要素の強い滝をガンガン登っていく楽しさは丹沢ならでは。今回中止となったセドノ沢右俣も含め、再び丹沢の沢を登ってみようと思うのでした。

今回、丹沢で最も驚いたのは、支流の出合いや滝に、名称プレートが設置されていることでした。

西沢渓谷のように、プレートどころか舗装道まで整備する沢もあれば、ハーケンとかを定期的に抜いて、なるべく自然の状態を維持する沢もある。誰でも気軽にその渓谷美を楽しめるという点では前者だし、自分だって沢を始めた頃は、残置にどれだけ頼ったことか。しかし沢の景観という点では後者が正しいと思うし、優美な滝にハーケンがベタ打ちされ、スリングが垂れ下がり、この滝は○○です、とか書いてあるのはけっして感じがよいものではない。山域や沢によって、適用されるルールは変わってくるだろうが、個人的には山に残す物は個人・パーティレベルで登る範囲内で、必要最低限の残置にすべきではないだろうかと思った。

事後報告

不幸にもKA氏は家に着いてから両足首に食らいついた蛭を発見。

私は大倉での夕食時に左手の甲をアブに喰われ、手がゴム手袋のように腫れてしまい、しばらくグーができなくなりました。

                                               K郎

| | Comments (0)

May 23, 2009

有笠山の岩場

有笠山の岩場へ行きました。(写真をクリックするとかなり大きく表示されます。大きくなった写真の右下に現われるボタンをクリックするとさらに大きくなってルートがなんとか見えます。)
ロケーションが様々初心者向けのエリアもあり浮石等注意すれば登り易いと思います。
① アドベンチャーランド先のいっぷくエリア
  左から 大福5.9
  しお豆10a ぼたもち11a
  しぶ茶11a
②南国エリア
  長いルートが多いです
③南国エリア
  旅館有笠10a
  この中では短いルート
  最初が核心 (かげろう)
20090521_011_6 20090521_014_4 20090521_016_4

| | Comments (0)

April 27, 2009

奥武蔵・あまり人の行かない岩場行

7zk063_2 岩場まではりっぱな登山道を行きます。

岩場に到着したら、先行パーティがいました。若い男性と年配の男性が二人です。
「よろしく、お願いします。」と挨拶に行きました。
「ここの岩場に人が来るなんて、びっくりです。」と挨拶と共に感想が返ってきました。

とりあえず先行パーティから10メートルほど離れた所に荷物を降ろして、ハーネスなどをつけて支度をしてたら、我がパーティのSZさんが
「たしかあの人は柏瀬さん?」と思い出しました。柏瀬さんといえば一の倉沢全壁トラバースをした方、“山を遊び尽くせ”とか“日本登山体系”の著者、そして“インタレストグレード”を登山界に提案した人として有名で、松浦やMOさんのホームクライミングジムである流山のガンバウォールの過去のメンバーであります。

ぼくは勇気を出して、先行パーティの荷物を置いている場所に行き、ピンクの帽子をかぶって、白い髭をたくわえたクライマー体型のおじいさん(失礼)に
「あのー柏瀬さんですか?」と聞きに行きました。
「ハイ!」ということなので、柏瀬さんが書いた“午後三時の山”に出てきた“御仁”という人はぼくの共通の知り合いですというのから始めて、ガンバウォールの思い出、とか、今は松戸市にお住まいだ、・・・とかの話しました。同行の若い男性に外岩を案内してあげに来たんだそうです。もう一人の年配者は辻内さんで奥多摩のヌシ的存在のクライマーです。辻内さんは岩場開拓に尽力され、沢山の優れたクライマーを養成されておられる方です。山の世界はほんとうにせまいです。すぐ隣に、時々、有名登山家が出没するからです。

7zk059 岩場は我々と柏瀬パーティだけの貸し切りで、さらに柏瀬パーティがセットしたトップロープを使わせてもらったり、面白いルートを教えてもらったりしながら楽しく過ごしました。そして、何故か午後三時に柏瀬パーティは引き上げていきました。我々は五時近くまでなんだかんだと様々にルートを登り帰路につきました。

大きな岩場で様々なルートがあり、人が少なくて、開拓されてない部分もあり、岩は石灰岩・・・ホームゲレンデにしていいかも?(松浦記)

7zk062

| | Comments (0)

阿弥陀北稜

リーダー:MS、サブリーダー:HS、MW、TN
koutei:4日、身支度を整え10時過ぎに美濃戸口を出発。
いつものように美濃戸山荘までの道のりが長いことをぼやき、ツルツルに凍った南沢沿いの登山道に悪態をつき、行者平に14時頃に到着。
テントを張り終わるのを待っていたかのように降りはじめた細め雪は寝袋に入ってもまだ降り続いていた。
テントは他に二張り。
5日、3時半起床。テントのジッパーから頭だけ出す。星が出ていた。
5時半、あたりはすっかり明るい。フライに積もった雪を払いのけ出発する。
栂林を抜けると目前に中岳沢が開ける。直ぐに右側の斜面を登り尾根上の樹林帯を新雪を掻き分けて進む。
林が切れてなくなると角度を増した斜面ではときに腰まで埋まるラッセルを要求された。トップを交代しながら高度を稼ぎ、ジャンクションピークを右に巻いて下部岩峰の取り付きに着いたのは8時半頃だっただろうか。
行者平では小屋周りを除雪するショベルカーのエンジン音が響いていた。昨日は小屋番の青年にしっかりとテント代を徴収されたのだ(雪の中お疲れ様)。おかげでカップ酒にもありつけた。
グーパーじゃんけんでHSとTN 、MYとMWでザイルを結んだ。
下部岩峰はペツルのハンガーボルトに導かれるように登る。中間で斜面がアイスになっている箇所がありピッケルを効果的に使うと楽だ。
上部岩壁はあっという間に終わり短く細いリッジを西側に落ちないように気をつけて進むと登攀は終了。
阿弥陀の頂上を10時頃に踏み20分ばかり晴れ渡った景色を楽しんだ後、登路をそのまま下降した。
他に2パーティ。北西稜にも1パーティあり。

point:上部岩峰のセカンドのビレーはスノーバーとデットマンがあると安心。
上部岩峰終了点付近では南側に張り出した雪屁を踏み抜かない注意が必要。
中岳沢の登降は西側の稜線上を行くのが無難。
雪山バリエーションの幾つかの要素(ジャンクションピークを直登するか左右のいずれかを巻くかを含め)がコンパクトにまとまっており判断力が養われる。

kanso:天候が良くなかった前回に比べると、風も穏やかで暖かく視界も100%あり心理的に余裕があった分楽に登れた。
ただ、気温が高かい日が何日か続いた後の前日のまとまった降雪で雪崩については気を使いました。(HS記)

| | Comments (0)

April 20, 2009

バーテックスのグッズを紹介します。

ハンドルが付いた登行器はフツーラ小型のものはダックという名称です。
KONG製品
ダックはテープにも使用できますのでデイジーチェーンの代用にもなります。
結構便利です。(モニター=かげろう)
20090419_002_2 20090419_003_2

| | Comments (0)

«長いゴーロを抜けるとナメ滝だった