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August 29, 2005

ダカーポかな

安達太良山に車で向かいました。渋滞を避けて早朝6時に東京を発ちました。

集合時間は15時10分であんまり時間があったので途中のドライブインでCDを買いました。ダカーポベストアルバムというやつです。岬めぐり、今日の日はさようなら、宗谷岬、卒業写真、この広い野原いっぱい、いいことだけ考えよう、いまはもう秋、翼を下さい、野に咲く花のように・・・昭和40年代の歌が続きます。なつかしくて涙して、2回くりかえしたら二本松インターチェンジに着きました。

集合場所の本宮駅の駅前商店街は白昼の土曜なのにシャッターの下りている所ばかり、氷ミルクなんて書かれているなつかしめの店に入り、冷やし中華(具沢山、真っ赤なトマトが印象的)とイナリ寿司二つ(飴色のオアゲにテンコモリのゴハン)食べて、おでんのくしコンニャクを手に店を出ました(値段は東京と変わりません)。

ダカーポの「今日の日はさようなら」の歌(森山良子さんより明るい感じがいいんです)が頭の中を何度も何度もくりかえしていて消えないて昭和25年生まれのぼくでした。(J記)

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August 24, 2005

8/24雨で水無川中止、そして机上講座

8月24日の神奈川県地方の予報は曇りで夜から雨でしたが。前夜から早朝まで雨が降り続いていたので、
早朝に中止が決定されました。参加メンバーはすいていることで有名な北越谷のミストラルという人口壁に行きました。

夜は恵比寿区民会館で机上講座です。例によりましてレジメを掲載します。二つあるので長いです。(J記)

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机上講座 セルフレスキュー入門

1、私の経験したアクシデント
18歳…手のささくれ、下痢、捻挫、むくみ、バテル、ホワイトアウト、 19歳…風邪、パーティの分裂、深い切り傷、 20歳…滑落 男女間のトラブル、 21歳…日焼け、雪目、死体の搬出、 
33歳…時間切れビバーク、 34歳…ヘリコプター救助(東尾根)、 35歳…夜間登攀、36歳…
ヘリコプター救助(尾瀬)、 37歳…ヘリコプター救助(甲斐駒)、 38歳…スキーでの骨折、
39歳…吾妻の遭難、 40歳…全身虫さされ、 41歳…T君の遭難、42歳…右膝を痛める、
43歳…なげ縄をして脱出、44歳…雪崩に流される、 45歳…老眼の進行、富士山で人が飛ぶ、
46歳…岩石雪崩、ルート間違えトランシーバー大活躍、 47歳…源治郎尾根バテバテ事件、 
48歳…動く岩に乗って指を切断しそうになる、 49歳…増水で尾根に脱出 50歳…源治郎尾根重量オーバーで撤退、 51歳…頚椎症、携帯電話救助、 53歳…長雨でグレードの上がった大常木沢
54歳…豆焼沢の擬似晴天

2、アクシデントの現場で
   落ち着いていますか?そこは安全な場所ですか?
   長いスリングのこと、背負って下る方法各種、ツエルトのこと

3、事故発生の連絡を受けたら
   ノートを一冊用意しましょう。リーダーシップを委譲出来る人が来るまではリーダーシップをとり続ける。

4、心がまえ
   シーアップの考え、山といい関係であればそれでいい、出来ることと出来ないことのバランス、ゆるやかなカーブでのレベルアップ、連れて行く連れて行かれる山は講習会のみ

5、保険のこと
   高額の補償はない、だれが保険をおろす、自己責任

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    岩登りで体をこわさないための十箇条                
 岩登りの技術(ロープワーク含)は私達登山者が野に山にある人の管理から離れたフィールドに出かけて行くことを可能にしました。その技術は自分で自分の安全をセット出来ます。橋が落ちていても、道が崩れていても、道なんかなくても、絶壁を越えあるいはクレバスを突破して進んで行けるのです。私は多くの先輩達が「岩登りは登山の基本である」としたことに大きく同意しています。
 1990年代後半あたりから、いつのまにかそのような冒険的な岩登りは忘れられる方向に向かいました。室内クライミングジムで分厚いスポンジマットに守られたボルダリングに没頭する人や、クライミングジムでトレーニングして外岩の講習会に参加したり、一の倉の南稜&中央稜とか剣のCDフェース・北岳バットレス四尾根・ミディ南壁といった人気ルートのガイド登山に参加することをよくする人が増えてきました。そして、そのような自分で自分の安全をセットしていない岩登りの流れに乗って、行き過ぎて、体や心をこわす人も多くみかけるようになりました。
岩登りで体や心をこわすことなどないこと、そしてもちろん岩登りによる遭難など皆無であることを祈念して以下の十か条を提案します。今後、補足や修正を加えて行きたいと考えていますのでご意見をおよせ下さい。

1, 月に一回は岩登り(できれば自然の岩場)に出かけよう。
何ヶ月も岩登りをしないとこわさが先に立って思うように動けない。岩登りの体の動きは定期的にトレーニングして身に付くもの。一~ニ回の岩登り経験で縦走路に出て来る岩場が楽に通過出来ようになるなんてわけがない。

2,週に二回までしか岩登り(人工壁含む)をしないようにしよう。
週に三回も岩登りすると腱や筋肉の回復が追いつかず炎症が慢性化する。人口壁のボルダリングに没頭しても自然の岩場で通用するようにはならない。

3,三回続けて休日に岩登りに出かけたら四回目の休日は歩きに行こう。
岩登りのような無酸素運動ばかりでは体中の新陳代謝が不足して不調になる。山で長時間歩くことの喜びを知っている登山者になろう。

4,同じ課題に一日に四回トライしたら別の課題に移ろう。
何回も同じ動作をすると一カ所の筋肉や腱にストレスが集中してそこを痛めてしまう。半年以上も同じ課題に取り組んで、やっと出来てもまた次の課題があってそのくりかえしでは心が解放されない。

5,ボルダリングよりルートを目標にしよう。
ボルダリングはかっこいいけど怪我しやすい。マット上とはいえボルダリングは落ちる(飛び下りる)、落ちる衝撃をくりかえせばいずれ骨格と関節のシステムに損傷を与える。腰椎症、頸椎症、捻挫、などが起きれば数ヶ月を待たないと回復しない。ルートで落ちてもロープとハーネスに柔着陸するからダメージは少ない。さらに、外岩のボルダリングの安全システムはかなり不完全なもの。ボルダリング中心主義はクライミングジムの営業戦略の部分あり。

6,上手な人(会員外)の前では無理しないようにしょう。
教えてくれる上手な人には感謝しつつ、でもその人に取り込まれないようにしよう。岩登りの場合は天性の才能を持っていて上手な人が多い(山スキーや沢登りや雪山歩きなどと違い経験より才能がものをいうジャンル)。それで、上手な人はその教える人の体がこわれることまで考えられないタイプの人が多い。天才の弟子になれば体をこわす(弟子が天才の場合を除く)。「うまい人と登ればうまくなる。へたな人と登ればへたがうつる」それは正しいことだろうけれどそんな世界に入ってほしくない。

7,後輩を自分の所まで引き上げないようにしよう(上記6の反対)。
引き上げるのは講習会だけで充分、後輩の所に下がって共に学ぶようにしなければ後輩の体をこわしてしまう。山の仲間は意識して作らなければいなくなる、それほど登山人口も岩登り人口も多くはない。

8,安全は複数でとる。
指差して確認、エイトノット、ハーネスの折り返し、ビレーシステム、ビレーポイントでのセルフビレー、トップロープの支点、・・・など、しつこいくらいにバックアップをとる。手打ちのボルト一本にセルフビレーをとる危ない人が多い。

9,静加重静移動が基本。
自然の岩場は風化によってつねに崩壊している。体重を静かに充分に移動して確かめて立つ、確かめて持つ。十分に体重を移動していないから滑るのだ。「三点確保していれば安全だ」という言葉は暗示にすぎない。

10,数字で書かれたグレードを追いかけないようにしよう。
5.12が登れる人にあこがれ、5.8が登れない人を見て安心するなんてことがないように努力しよう。今、5.11が登れても、2週休めば登れない。困難さのグレードを追うのでなくて、インタレストグレードの高いルートの発見を目指そう(自分にあったの三つ星ルートを探そう)。


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August 12, 2005

八合目をめざす。

 池袋駅の西口、なぜか西口に東武線の東口に西武線のホームがある。その西口から徒歩3分、芸術劇場の前から岩手県の主立つ駅に向かう夜行バス、イーハトーブ号が出る。
22時37分池袋西口バス停留所にバスが着いて、22時40分に出発した。路線バスに乗ったような気分がした。
 国道17号を北上して、赤羽根バス停で停車、次に川口バス停で停車、今回の山行メンバー三人の内一人(残り二人は池袋乗車)であるIN氏が乗り込んできた。
「イーハトーブってのは宮沢賢治のアレですよ・・・」とIN氏
どんな話ですかと聞く間もなく川口バス停を過ぎたとたんに消灯の時間になっていた。三列でゆったりの一人座席のリクライニングを倒して目をつむった。話声はしなくてバスのジーゼルのエンジン音が静かだけれど強調されて聞こえて来た。
「ジーゼル、ジーゼル、ジーゼル、ジーゼル・・・」
 クーラーの風が上半身を刺すようで寝つけなかった。毛布かぶって寝たり起きたりで朝を待っていた。寝てないようで寝てるからふしぎなもんだ。早朝5時に車掌さんはカーテンを開けた、バスの各駅への到着時間と乗り換え列車の案内を放送していた。池袋のコンビニで買ったパンを食べた。朝ごはんをいっぱい食べると山で調子がいいのだけど、パンは一つしか食べられなかった。6時19分北上駅着でバスを降りた。

 目指す焼石岳は水場が至る所にあるので一リットルあれば足りるのは行ってからわかったこと、駅でニリットルの水を水筒に汲んだりでモタモタと荷を作っていた。タクシー乗り場では二十台くらいが待機中、のんびりしてるというか開き直っているというかそれなりのプレッシャーは漂っていた、。夜行バスが来てもタクシーに乗る人はいなくて車の列は動かなかったから、ぼくら三人は最初のお客さん、たくさんのタクシーの運転手さん達の羨望の眼差しに送られて客待ち先頭のタクシーに乗った。

 日焼けして痩身、印象として五十代半ばの女性、お化粧なし、の運転手さんだった。ハンドルにピンクのチエックのカバーが着いてる。タバコの臭いがしない清潔な車内がいい。
「ゲトウ温泉までお願いします。」
「焼石に登るん」
「そうです」
「縦走するん」
「そうです」
「焼石は今最高にいい時ですよ。」
「運転手さんも山に登るの。」
「ミツビシがだめになって、それでパジェロミニ安く買って、一人でトコトコ登ってます。」
「どこの山が良かったの。」
「ここらへんの山はみんないいけどやっぱ鳥海山がいかったな。」
「空撮みる!」
 いきなり車を止めたおのけいこさんはトランクから一冊の本を出してきて手渡した。空撮とは北東北の山厳選十コース・空撮シリーズ・山と渓谷社のことだった。
「ワー、イイ本だな、こんなのほしいな。」
「じゃや、その本あげるよ」
「いいの、もらっちゃって」
「みんな登ったからいいよ。」
そんな会話を交わすうちにタクシーは夏油温泉に着いた、手を振ってタクシーが帰るのを見送ってから、ゆっくりゆっくり、ぼくらは登り始めた。タクシーの運転手さんが名紙をくれていた。家に帰って裏がわを見た、大急ぎで書いたらしい文字列が五行(J記)

山が好き
朝ぎりが好き
宝石のような星が好き
八合目を目ざす
のろまの亀です

おのけいこ

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August 05, 2005

金明水避難小屋で青森の沢の話しを聞きました。

焼石山の縦走に行って来ました。写真を沢山撮って来たのでTimtam写真帳のWalkingの所にアップしてもらいましたので見て下さい。

宿泊地の金明水避難小屋、

出来たばかりのとてもきれいな小屋でした。新たに金明水避難小屋に向けて沢からの道を切り開いているらしいのですが、そこから青森県の「八戸山水会」という沢登りと山スキーを中心に活動する山岳会の人のパーティが登って来ました。男子2名女子2名でたぶんみな50代ですが、バリバリに歩けそうな感じの人達でした。

ビールとか酒とかめちゃくちゃ沢山持っていて、宴会山行が最近のメインの活動らしいです。途中で摘んだ山菜のおひたしとか、「かやき」(煎餅汁用に作られている南部煎餅で地元でしか売っていない)で作った煎餅汁(なんでもいいから汁を作りせんべいを割って入れて数分煮たもの、煎餅汁用のせんべいはトロケナイ)をごちそうになったりで仲良くしていただきました。

青森にはいい沢がいっぱいあるよと話していてうらやましかったです。白神山地の沢がやっぱりいいとも話していたので、ホームページとか持っていないかと聞いたら、ホームページに書くと荒らされるから書かないそうです。

一つくらい紹介してとお願いしたら、
「八森町、七号線を行きフナッコランドで右折、そのまま行って一つめ右折、道なりに行けるとこまで行って入る沢がいい!」

「暗門の滝をつめる、滝が3、2、1とあって観光客はそこから帰るけどそのまま沢をつめて尾根を越えて下りて沢に出て左に行く、沢の名前は中のまた沢から逆沢という。八戸から出て二泊三日かかる!」(これは2005年7月号の山と渓谷に出ている白神山地の暗門大滝~西股沢~赤石川と同じものと思われる)

八森町七号線を行く沢と暗門の滝をつめる沢は同じ沢の話しかも知れないけど、酔っている人の話だから聞き取りにくい。

地図とかガイドブックを買ってボチボチ調べてみようと思う。二泊三日、東京からだと前夜行になるでしょう。7月の海の日三連休と8月のお盆休みは虫が怖いからパス、9月の敬老の日三連休か10月の体育の日三連休のあたりに、行った沢をそのまま戻ることで帰りの時間をピンポイントで特定出来るようにすれば行けるかな?。さらに調べて、来年、個人山行で企画しますね(参加者募集します)。(J記)

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