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October 31, 2005

マイカーVSタクシー

10月30日(日)の箱根外輪山縦走のハイキングに行って来ました。

10月29日の昼すぎから雨、夜にも雨が残りましたが、早朝には上がって来ました。6時20分M講師の車に乗せてもらって港区発、天気は完全に曇りとなりました。首都高から東名そして小田原厚木道路を経由して小田原に7時30分すぎに到着しました。駅の近くのファミレスで朝食を食べて、集合場所の小田原駅改札口に向かいました。集合時間の8時20分には今回のメンバー男性2名女性3名がそろいました。

メンバーはH講師とM講師の二台の車に分乗して箱根湯本に行き、そこにM講師の車をデポ、H講師車1台(8人乗り)に全員が乗り込んで御殿場方面に向かいました。

ここで、二台のマイカー利用して下山口に一台を置きもう一台で登山口に向かい、下山した後に下山口の車で登山口の車を回収する方式について書いておかねばなりません。この方式は交通の便が悪い所に入下山口を求めることが出来るので、訪れる人が少ない静かな山を楽しめる可能性が高くなるというすぐれものです。同じことをタクシー利用で行うことも可能ですが、帰りのタクシーの手配が課題になるのと、格段に交通費が高く(タクシー代はマイカー利用のガソリン代の二十倍をゆうに超えます)なるのがつらいです。
*この方式には交通事故というリスクがあることは忘れてはなりません。*

H講師車は乙女トンネルを抜け金時山への登山口をとらえました。ところが、登山口の駐車スペースが鎖で封鎖されていたのです。向かいの和食レストランに駐車場を使わせてほしいと頼みに行ったのですが、断られてしまいました。やむなく、登山口から御殿場方面に200メートルほど行った所の右側にある広めの路側に駐車しました。道は国道1号線で車の通りはものすごく多いのです。路側への駐車は大きな心配の種となりました。

登山口から登り始め、乙女峠を経て一時間強で金時山の頂上に到着しました。山頂は反対側の林道経由の最短コースから来たハイカーでいっぱいです。ざっと五十人いや百人はいたかな?箱根山と富士山は雲の中で見えず芦ノ湖とその周辺の箱根の温泉街とゴルフ場はくっきりと見渡せました。紅葉は色付きまであと一週間はかかりそうです。金時山からは明神ヶ岳、明星岳へとほとんど人に会わない静かな縦走路でした。富士山こそ見えませんが相模湾まで見渡せて、絶景の中の稜線漫歩です。

遠くから見ると稜線上の草原の中に道があるように見えるのですが、近づくと背の高いしの竹の藪の中を行く道でした。このしの竹を束ねて乾かし、毎年八月十六日に箱根の大文字の送り火の薪にするのだそうです。明星岳の中腹には大文字の形をした草原がありました。

乙女峠から湯本まで行つもりでした(コースタイムで9時間)。明神ヶ岳の山頂で午後三時を回っていたので、明星岳まで行って宮の木にショートカットすることにしました。

ヘッドランプを出すころに宮の木バス停に下山しました。湯本までバスで帰るということでバスを待っていたら、近くの駐車スペースにいたタクシーの運転手さんから声をかけられました。
「お客さんたち、フリーパス持ってるの?」
(箱根には自由にバスに乗り降り出来る乗車券がある)
「ゥニャッ、持ってないです。」
「どこまで行くの?」
「湯本。」
「湯本じゃ込んでるからダメだ・・・ブツブツ・・・」
ぼくらは到着したうれしさでタクシーの運転手さんとの対応がおろそかになっていました。空のタクシーがそこにいたことは超ラッキーで、いずれぼくらから声をかけただろうに、運転手さんの方が早まって先に声をかけて来ました。
「・・・湯本までタクシーに乗っていかない?」
「だって五人いるよ。」
「五人でもいいから!」
「一人五百円でいいよ、バス代より安くするから!」
というわけでずいぶん安い値段で、定員オーバーまでさせてタクシーに乗っけてもらうことになりました。

湯本までのバス道路は渋滞中でした。運転手さんは何回も近道をして数百台は抜き去ってしまいました。あそこのホテルに長島がよく泊まるとか、今日の売り上げが二万二千五百円で、そのうち半分は会社に持っていかれるとか、ゴルフが趣味で箱根にいるとか、昔はタクシー御殿を建てた人もいるがいまは年金と合わせて食べられる程度しか収入がないとか、娘が埼玉のやつかに住んでて、自分は栃木の出身で栃木に帰る時は浅草から東武電車だとか、箱根駅伝が1月にあってずいぶん稼がせてもらってるとか、二月と三月は暇だとか、ひたすらしゃべりまくっていました。ぼくらみんなであっけにとられて話しを聞いているうちに湯本に着きました。運転手さんありがとう。(J記)

タクシの利用も
マイカのそれも
光と陰ある
箱根の紅葉

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October 28, 2005

10月の山の集いに行って来ました。

10月26日(水)に『Timtam山の集い』に行って来ました。
午後7時30分より、場所=恵比寿区民会館、テーマ=「ハイグレードハイキング」、参加者=12名、

7時30分ぴったしに始まりまいした。司会はM講師です。Timtamのハイキング部門を担当するH講師の話が1時間強あって、質問の時間があっての後9時に終了しました。

20年ぶりにたくさんの人の前で話しをするというH講師でした。講師自己紹介から始まり「初めて行った山はどこですか」なんて参会者に質問したり、スリングで作るハーネスとか、肩がらみの懸垂下降とか、一人でロープを張りながら怖い道を通過して、一人でそのロープを回収することなどの実習があったりしながら、わきあいあいとした雰囲気でレクチャーが終了しました。H講師の実直でやさしい感じがしみじみと伝わってきていいかんじでした。以下H講師の話しのレジメです。(J記)

<ハイグレードハイキング机上講座>
●いい山について
 
 山の性格によるもの
  1)標高の高い山 2)景色のいい山 3)珍しい動植物

 登り手の主観によるもの
  1)初めての山 2)適切な天気 3)出会い 4)難易度の高さ

●難易度の高さと満足感

 ・経験を積むに従って、難易度の高いルートに行きたくなるのは当然。
 
  体力/技術/経験が必要な山→難しい山→体力/技術/経験の優越感→満足感
  難しい山→人が少ない→静か→自然にじくり浸れる→(心の)満足感

●ハイグレードハイキングとは

 参考:ヤマケイ・ビッグフットシリーズでの区分
 コースの主な特徴:岩山・ヤブ山・ロングコース・雪・沢

●ハイグレードハイキングの技術

 ・ヤブ  1.軍手・革手袋
      2.メガネorゴーグル
      3.丈夫な帽子
      4.ザックの外に付けたものは中へ

 ・岩   1.肩がらみ懸垂
      2.短いロープと細引きで長い距離を懸垂下降する。
      3.簡易ハーネスとハーフマスト懸垂
      4.鎖を使った自己確保
      5.ひとり確保

●自分でルートを探す
 1.エアリアマップでのコース探し 2. 2万5000図 3.インターネットでのコース探し

●地図読み

●ビッグフット「ハイグレードハイキング」で取り上げられている山
 
・岩山
鍋割山(丹沢) 大菩薩富士見新道(甲州) 光明山(越後) 高反山(西上州) 大津(西上州) 飯士山(越後) 毛無岩(西上州) 長峰(奥秩父) 烏帽子岳(西上州) 御前ヶ遊窟(越後) ミドリ岩・大岩(西上州) 焼岩・大山(西上州) 表妙技縦走(西上州) 赤岩尾根(西上州) 戸隠西岳縦走(北信)
 
・ヤブ山
田代山(東北) 小楢山(甲州) 伊豆ヶ岳東尾根(奥武蔵) 矢筈山(伊豆) 三つ峠東尾根(甲州) 滝戸山(甲州) 御場山(西上州) カマドクラ(北関東) 稲村山(西上州) 二股山(北関東) 大明神山(中信) ゴトニキ山(中信) 霧訪山(中信) 向山(上州) たぬき山(北関東)

・雪
菰釣山(丹沢) 四郎山(上州) 黒斑山(中信) 巻機山(越後) 火打山(越後9

・沢
十谷渓谷(甲州) 尾出山(北関東) 三ノ塔葛葉川(丹沢) 川苔山逆川(奥多摩) 甲武信岳東沢(奥秩父) 会津駒ヶ岳中門沢(南会津)

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October 15, 2005

北岳の話し

「山登りをやってます。」というと、
「エベレストは登ったことありますか?」と返される。
「とてもとてもぼくなんかが行ける所ではありません。」と答えると、
「じゃあ富士山はどうですか?」となる。
「富士山なら登ったことがあります。」というと、
「いい趣味をお持ちでうらやましいですね。」などど言って次ぎの話題に転じられてしまいます。

一とか百とか千とかの数字にこだわる人が多いです。谷川岳に行くと朝の土合駅で千回おじさんに良く合いました『智恵子一番、谷川岳二番』『谷川岳1000回、786回目』などと書いたガムテープを服に貼り付けているのですぐにそれとわかりました。千回おじさんが谷川岳千回を達成した時はNHKテレビで報道されました。報道によれば休むことなく谷川岳二千回登山に取り組んでいるとのことでした。現在は二千回登山を成功させ三千回登山にいどんでいるようです。

数字にこだわれば数字に拘束されるわけで、千回という達成感やテレビ報道されることなどと引き替えに谷川岳以外の山々に登ることで得られる別の山々の恵みを得る自由を失ってしまいます。少なくとも今の私は数字にこだわった山登りはしないように努力しようと思っています。それでも自然の岩場の5.11を登りたいなんて願望が消せなくて、意志の弱さになげくのです(不惑の歳はとうに越えたはずなのに)。

富士山は一番高い山で、そこに登ったから二番目に高い山に行こうと思いました。十九歳の七月(1969年)のことでした。南アルプスの北岳(3192m)がその山だと、誰に聞くともなく知っていて、その山を目指しました。ブルーガイドという登山のガイドブックの南アルプス編を買い込み、北岳へのルートを研究しました。池山吊り尾根からボーコンの頭を越えて北岳に登り大樺沢を下るコースが玄人ごのみでいいなどとある丁寧な案内文(コースガイド)があって、そのとおり行くことにしました。

大樺沢は雪があるというので先輩からピッケルを借り、二尺四寸のキスリングにビニロンの三人用のテント、シラフ、一泊二日の食料などを詰めて同級生三人で出かけました。中央線の夜行電車で甲府に行き、山梨交通のバスターミナルにあったベンチで仮眠しました。翌朝、広河原行きのマイクロバスに乗って深沢下降点下車、野呂川まで百五十メートル下って、吊り橋で対岸に渡り百五十メートル登り返してようやく吊り尾根コースの登山道をとらえました。池山御池小屋を過ぎ、ボーコンの頭に達したころに夕方となりました。当時はビニロンとか綿とかウール主体の縫製品、ホエブスにハンゴウに生米に、水2リットル、弁当箱くらいの大きさのラジオ・・・なんていう装備でしたし、よけいな荷も多くてずいぶんと時間がかかってしまったのです。ボーコンの頭の這松の茂みの間にテントが張れそうな所を見付けてテント泊しました。酒もほとんど?飲まない年齢、理系の少年ばかりの話しべた、夜行の寝不足もあって19時には三人ともシラフの中で爆睡してしまいました。

朝が白む前に起きました。テントは薄黒い雲海の上にありました。東の空が紫になり雲海はピンク色から茜色に染まりはじめていました。テントから出て、ビニロンのヤッケを着て、寒いはずなんだけど暖かくしていっぱい寝たからか寒さを感じなくて、ずっとずっと、雲海の色の変化を見ていました。黄色に光りまぶしく太陽の上端が顔を出して、雲海を朱色に染めました。赤い海はほんの数分、こんどは白い海となりました。太陽が登りました。太陽のすぐ右隣に富士山が並んでありました。朝です。

テントを撤収して、難関と言われた八本歯の悪場も楽勝に越えるころ、太陽は空高く昇りいつのまにか雲海も消えていて正面の視界はでっかい北岳に八割も覆われていました。真正面に北岳バットレスの岸壁が三千百九十二メートルの頂きから垂直に六百メートル切れ落ちて大樺沢の雪渓の上に至っているのが見えます。あんな岸壁を登る人がいるそうな。

八本歯のコルに重荷を置き頂上を往復して、ぼくらは大樺沢の雪渓を下り始めました。トップを行くK君がいきなり逆さまになって滑り落ちて行きました。頭が下になってキスリングの上に乗っかっています。キスリングが雪車になってスピードがグングン上がりかけていました。「K!」と叫んでぼくも尻で滑って追いかけました。雪渓の上に漬け物石みたいな落石が所々にあってKが頭をぶつけないか心配です。スピードが出てきたのでぼくはピッケルを使って本で読んで知っていた滑落停止をしました。滑落停止で止まったんではなくて傾斜が緩くなって止まりました。大樺沢の源頭は出だしは四十度くらいの急傾斜ですが三十メートルも行かないうちに二十度に満たない緩さになっているのです。K君も頭を下にしたままで止まりました。怪我はしていませんでした。今から思えば三十メートルも滑っていないのですが、三百メートル滑ったみたいな気持ちになって雪渓の上に立ちました。足がカタカタ震えて背中が曲がって真っ直ぐに立てませんでした。三十分ほど休憩したら、元気が出てきて、何事もなかったように大樺沢を下り、広河原に出てマイクロバスの車中の人となりました。

その後の北岳に行った年表を書いて文を閉じることにします。いずれ北岳の話しの続きを書こうと思っています。(文:M浦)

1969年 10月 大樺沢~北岳~稜線小屋~間の岳~農鳥岳~奈良田   
1970年  7月 大樺沢~北岳~肩の小屋~白根御池~広河原
1970年  8月 白根御池~北岳~間の岳~塩見岳~兎岳~赤石岳~広河原(もう一つの広河原)
1971年  6月 大樺沢~北岳~肩の小屋~白根御池~広河原(デート山行もどき)
1972年  9月 大樺沢~北岳~肩の小屋~白根御池~広河原(デート山行)
1986年  7月 白根御池~二俣~aガリー~中間バンド~第四尾根取り付き~先行パーティ多く撤退
1987年  8月 広河原~白根御池~二俣~第五尾根枝稜線~中間バンド~第四尾根~北岳~肩の小屋~広河原
1992年  8月 広河原~白根御池~二俣~下部岸壁十字クラック~二股~広河原
1994年  1月 鷲の住山下降点~野呂川~池山吊り尾根~北岳~北岳稜線小屋~間の岳~農鳥岳~奈良田
1996年  7月 広河原~白根御池~二俣~dガリー~中間バンド~第四尾根~北岳~肩の小屋~広河原

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October 14, 2005

モミソ沢とホームページ

先週の日曜日のモミソ沢の講習会にTさんがゲスト参加されました。Tさんは素敵なホームページを作っておられて。モミソ沢の記録をそのホームページにアップしたと連絡してくれました。Tさんの了解を得てTimtamの沢登りのアルバムからリンクを張りましたから見て下さい。

モミソ沢のページを見たら、アドレスバーにあるアドレスの下位のスラッシュ以下を消してリターンキーを押してTさんのトップページに行ってみて下さい。Tさんがいろいろなジャンルの山に行っている方だとわかります。山行記録を見ていると「木風舎」「イエティ」「風の谷」などの山岳ガイドが開催した講習会にいくつか参加されていることもわかります。Tさんは自分の山の行き方をほぼ確立していて、どの登山教室とかどのガイドとかにこだわらないで自分の行きたい山で講習会を選んでいるのです。

Tさんのように行きたい山で選んガイド登山をするスタイルが確立されてきているように感じています。日本山岳ガイド連盟とアルパインガイド協会とが合流して環境省の傘の下で日本山岳ガイド協会として正式に発足してもうすぐ3年、日本の山岳ガイド達のガイド技術のレベルが安定していて信頼出来るものになっている証しのように思えてうれしくなります。

ガイド山行に参加するのに行きたい山で選ぶのではないタイプの人がいることを付け足しておきます。Otさんの講習は絶対に行く、Esさんのそれはよさそうなとこがあったら行く、Yoさんの講習には二度と行かない、なんて感じで何人ものガイドとお試し山行をして、それで、お気に入りのガイドを選んで行くタイプです。Yaさんの講習なら高尾山の山歩きから横岳西壁の冬季登攀までみんな参加しちゃう。ついでに海外の山までどこまでもついて行くという感じです。熱烈なファンクラブみたいなのかな・・・?。

Timtamは登山教室、山をガイドするというより山の技術を伝えることに比重を置いています。初心者の方に技術を系統的に伝えて、いずれ自分で行けるようになってもらおうというものです。若い登山者をたくさん育てたいなんてもくろんでいるのです。それで、Timtamが一般募集する講習会は初心者の方が対象となるように注意深くレベル設定がなされます。今回のモミソ沢もそういうレベルでしたから、たくさん山に行っていて初心者ではないレベルにあるTさんはゆとりを持って、記録をつけ、写真を撮りながら、アケビまで見付け(食べちゃった)ながら、楽しく参加していただけたものと自負しています。(文:M浦)

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October 11, 2005

体育の日三連休と秋りん

1964年10月10日午後1時、東京千駄ヶ谷の国立競技場を舞台に東京オリンピックの開会式が始まりました。ぼくらはその開会式のテレビ中継を見ていました。貴賓席の皇后様が隣にいた天皇をつついて空を指差しました。
「空だ!」と叫んで、ぼくらはいっせいに家(港区に住んでいました)の外に飛び出しました。見上げる青空に五機のジェット機が五色の輪を描き出す途中でした。以来、10月10日は国民の祝日の体育の日となりました。四十年を経て10月10日は何度も何度も晴天だったために好天の特異日と言われるようになりました。

三年ほど前にハッピーマンデー法というのが成立しました。成人の日と海の日と敬老の日と体育の日はそれぞれその日のある週の月曜にシフトして土日月の三連休となるのです。体育の日三連休には、一泊か二泊の沢登りに行くのがいいですよ。産女川、米子沢、恋の岐川、虎毛沢、中門沢、葛根田川、大深沢・・・水の流れと紅葉のマッチングが最高です。

月曜にシフトしない祝日のことに寄り道します。正月元旦、春分の日、秋分の日は暦の上で確定された日です。建国記念日も暦が関係していて旧暦の1月1日らしいです。みどりの日は昭和天皇の誕生日、文化の日は明治天皇の誕生日、12月23日は現在の天皇の誕生日、勤労感謝の日はもしかして大正天皇の誕生日かも知れませんが未確認です(ちなみに皇太子の浩宮様の誕生日は2月らしいです)。子供の日は憲法記念日とならんで20年ほど前に出来た法律で三連休に確定されています。

さて今年の体育の日の三連休、関東地方の天気は良くはありませんでした。秋雨という人もいますが正確には秋りんのためです。夏の初めの梅雨と同じ理由で夏の終わりにも停滞前線が日本の上に乗って、梅雨のような雨期(秋りん)となるのです。台風に蹴散らされて目立たないことが多いので、秋りんはあまり知られていない天気です。

7日の金曜日の夜からしとしと雨、8日未明に上がりましたが、夜からまたしとしと雨、9日の午前中に上がりましたが、10の未明から本降りの雨で朝9時に上がり、午後1時に再度振り出してしまいました。

三連休の一日目は日和田山の岩場に行きました。岩の下半分は濡れていて、上半分の一部のみが乾いていました。ぼくら5人と他には3人しかいないので、男岩南面を全占拠してロープワークの練習をしました。途中でピッチを切ってハンギングビレーをするのとダブルロープを引くことをしました。重箱というルートの所だけが乾いていたので午後はそこにトライしました。15時には終了しました。

二日目はモミソ沢の沢登りです。本降りの雨の中で行けるとこまで行こうということで沢に入りました。意外にも水は少なめで濁りもなく、そのうち雨も上がって、楽しく遡行することが出来ました。ほとんどの滝にフリークライミング用太いステンレスのボルトが打たれていて、神奈川県の登山指導センターあたりの講習会用に整備されているようでした。最後の大滝は上の方の抜け口が難しいです。A0しないで抜けられたらたいしたものです。この大滝の難しさとそれを越えるたために支点多く打たれていて安全にその難しさを楽しめるのがモミソ沢の人気を支えているのだと思いました。

三日目は広沢寺に岩登りに行く予定でしたが、雨なので、人口壁(ストーンマジック)とモミソ懸垂岩とに分かれて出かけて行きました。ぼくは懸垂岩の方に行きました。雨が上がって2時間後だったのですが、懸垂岩はけっこう乾いていて。Ⅳ級程度のルートを岩登り初めての人(21歳)と岩登り三回目の人(21×2歳)と登りました。懸垂岩も太いステンレスボルトが打たれて、初心者の岩登り講習用に整備されていました。午後1時にまた雨が降ってきたのでおしまいにしました。懸垂岩は水無川の河原にある側壁です。夏の暑い日に水浴びしながら登るというプランを思いつきました。(J記)

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October 06, 2005

日和田と広沢寺と質問と

Timtam事務局に電話が入りました。
「ハイ、ティムタムです。」とNさん、
「会員のMrですが、シツモンがあります。」ツにイントネーションがあるそうな。
「ハイ」と答えて、Mrさんが続けた、
「今週末の日曜は天気悪いみたいですね。それで、日和田のレビュー止めて、広沢寺に変えられないでしょうか?一般ルートはだいたい登れますから。」

(注1)今週末の予定は
    10/8(土)<基本ステップ/岩登り教室>
        奥武蔵・日和田山の岩場
    10/9(日)<基本ステップ/沢登り教室>
        丹沢・モミソ沢遡行~ナガレノ沢下降
    10/10(月)<個人山行/岩登り研修会>
        丹沢・広沢寺の岩場(参加条件有:
                     日和田の一般ルートがリード出来ること)
(注2)レビューとは復習という意味(会員は日和田山の岩場に何回でも無料でレビュー参加できる)です。
(注3)広沢寺は個人山行なので研修会でも講習費は発生しない。

「M講師から連絡させます。」とNさんは対応して電話を切った。

さて、M講師の答えは
「Mrさんは8月の日和田の講習にレビュー参加しました。
その時、Mrさんのロープワークに何ヶ所か不安な所があったので広沢寺に気持ちを動かされることなく日和田に専念して下さい。」というものでした。

「一般ルートはなんとか登れるみたいですよ?」、今度はNさんがM講師に質問しました。
M講師曰く、
「午前中に子供岩で登り方とロープワークの講習やるでしょ、レビュー参加の人にはその講習を手伝ってもらうんだけど、Mr君が何ヶ所か間違った動作をくりかえすんだよ。」

(注4)奥武蔵・日和田山の岩場は左が男岩で右が女岩その手前に5メートルぐらいのボルダーがあって太田昭彦さんという山岳ガイドが子供岩と名付けたのですがまだガイドブックに子供岩とは記載されていません。

「でも一般ルートはリード出来るって言ってましたよ。」
曰く、
「わかっているなら教えられる。後輩にロープワークを教えられないんだからわかってないということだよ。・・・、子供岩でやるロープワークはリードアンドフォローのロープワークで自分で自分の安全を守って登るための基本だよ。」
「私だってそんなにわかってなくて、日和田行っても教えるなんて思ってないわ!」とNさん、
曰く、
「ごめんね、教えるというのでなくて手伝うだね。手伝うとわかって来るんだよ。わかってなきゃアブナイんだから、わかったと思うまで日和田に来なきゃ、だからレビュー参加があるんじゃない・・・!ロープワーク間違えて、それで登れちゃってもそれはリード出来たことにはならないよ。」

                             (J記)

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October 04, 2005

丹沢・早戸大滝から本間の頭

Ht講師がTimtamにデビューしました。東京近郊の山をたくさん歩いて来た経験を生かしてハイキングとスノートレッキング部門を担当してくれることになったのです。その第一回目の講習会は丹沢観光センター~早戸大滝~太礼の頭~円山木の頭~本間の頭~丹沢観光センターという環状コースをハイグレードハイキングするというものでした。

さっそくその講習会に潜入して来ました。以下、その取材記です。

中央線の高尾駅改札口に朝8時20分に集合とあったので参加要項に指定された電車(中央特快)に乗って高尾駅に到着しました。電車を下りたら、なんかオーラを感じたのでその方向を見たら、
『いたー!』あの“時代遅れ沢ヤ”のIn氏だ、
「おはようございます。」とボク。
「ハイ、出口はどっちやろ思いましてん、電話しますわ。」、In氏は携帯電話のダイヤルをヒトサシ指で押しながら答えた。
「南口に行った人を集めていてくれ言うてはりますわ。」
南口で下りると新入会員のHmさんが待っていた。チェックの上着にうすいベージュのズボンをはいてシックな感じのステキな女の子だ。In氏が“歳なんぼ!カレシイテル?”なんて聞いたらヤバイかんじのたぶん20代。

(注)In氏はこの日はそういう質問をすることはありませんでした。どちらかというと、いつもよりズット無口で、オーラーも少なめでさわやかでありました。

他の人は北口に行ったらしい。In氏の携帯に電話が入った。
「南口で待っとれいうてはります。ホナ、しょんべんしてきますわ。」
『トイレと言えばいいのに・・・』と思った。

南口にHt講師、M講師、In氏、Hm氏、Yoさん、Hmさん、Enさん、それにもう一人の新入会員のYaさん(街の娘)の7名ががそろい、Ht講師とM講師のマイカーに分乗して丹沢観光センターに向かった。約70分のロングドライブだ。

マイカー二台に分乗する方式を最大限に展開するのがHt講師のハイキング講習会の良い所で、10月末の箱根外輪山とか、11月の天城山とか、12月の足尾の山なんかはどれもマイカー分乗方式がとられている。下山口に車を置いて来てから登山口に回り、下山後に登山口の車を回収するという方式だ。マイカーでアプローチすることでたくさんの「静かな山」「地図をたよりに自分の知恵で登る山」に日帰りか前夜発日帰りで出かけて行けることになる。ガソリン代や高速代の実費を参加者全部の頭数で割って精算してくれるからものすごく安上がりだ。問題は交通事故、タクシー分乗とは異なるリスクがあることを参加者みなが承知していなければならない。

丹沢観光センター前に車を置き、早戸川ぞいにつけられた登山道を登って行く。整備されていない道なので、途中で早戸川を横切る箇所が何回も出て来て大変だった。細い丸木橋を四つんばいになって渡ったり、靴を脱いで水に入って渡ったり、石を投げ込んでそれを踏んで渡ったり、けっきょく新入会員のHmさんとYaさんは靴の中にどっぷり水が入ることになってしまった。Yaさんは腰までびしょぬれで『キャピキャピ!』とはしゃぐしまつだ。

2時間ほどで早戸大滝に出会った、100メートルもありそうなでっかい滝だ、丹沢の滝じゃないみたいでびっくりした。滝の左の急な道を登って行った。Ht講師はHmさんをロープを結んで守っていた。
『やさしい感じがいいんだワン!』ぼくはつぶやいた。

早戸川を離れて、踏み後のような急な道を登ること90分で太礼の頭に到着、大休止、Hmさんがコーヒーをドリップしてくれて。M講師のベークライトのお椀で飲んで、『おいしい、おいしい!』でありました。

円山木の頭を越えて本間の頭まではりっぱな登山道だった。『高速道路みたい!』なんて安心していたのはほんのつかの間だった。本間の頭から通行止めの看板を越えて丹沢観光センターに向けて廃道を下るのだ。

廃道はしばらくは廃道らしくないやさしい感じのゆるやかな下りの小道だったけど、鹿よけの柵の縁(横に出てる針金注意)を行くようになるあたりから、踏み後がまばらにななってきた。それでも赤いリボンが行くてを示していたけれど、いきなりリボンがなくなってしまった。
「チョット登り返します。」とHt講師。
「道のパターンが変わったらそこでは注意が必要です。」と説明してくれた。

皆を待たせて、偵察して、「ここの尾根を下ります。」とのことだ。
『リボンないのにどうしてわかるの?』とぼくは思った。しばらく下るとリボン発見、『すごいな!』。

踏み後のあまりない尾根を下るうちにだんだん暗くなってきた。「ヘッドランプつけて下さい」とHt講師、
「私、そんなの持ってません」とYaさん、
「予備を持ってるから大丈夫」とHt講師、、
『ヘーッ、予備持ってんだ!』と思ったボク。

真っ暗な中をヘッドランプの明かりをたよりに下ると沢に出た。『もしかして、沢を下るの?』と思っていたら、
「チョット待って」と偵察に行き、すぐに戻って
「コッチ、コッチ」とHtさんが言う。
Htさんについて行くと水に入らず沢が渡れて、ちょっとヤブに入ったと思ったら、そこからしっかりした道になって、10分も歩かないうちに丹沢観光センターに到着した。18時20分だった。(J記)

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