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July 31, 2006

7/26パッキング入門机上講座のレジュメ

2006.7.26                  Timtam講師 H.Y
パッキングの嫌いな講師からお話するパッキングのこつ
1、パッキングと私
・大学入学後、WV部に入部、ここでキスリングのパッキングを覚える。
・ザックでこぼこ、隙間するする、合宿中に片荷で肩があがらず。
・M浦さんから、「このパッキングは許せない」の一言!(巻機山・米子沢)
・登山暦20年以上経っても、パッキング下手は直らず。⇒でも登山を続けています。

2、私的パッキングのこつ
・おおきなザック、簡単な構造のザック。
ザックは所詮「ズタ袋」、大きめ、緩めがお奨め。⇒緊急避難時に便利。
大は小を兼ねる。⇒小は大を兼ねられない(キツキツ・イライラ)。
やたらと小さなポケットは要りません。⇒行動のスピードアップと相反します。
・几帳面はマイナス。
ばさばさつめる⇒これが効率的で、早い。何回も出し入れして練習。
ザックの下部は行動中必要の無いもの(マット、シュラフ、ボンベ、食器、食料、防寒着など)。
ザックの上部は行動中必要なもの(登攀具、行動食、水筒、雨具、テントなど)。
ザックのポケットは行動中頻繁に必要なもの及び緊急用具(地図、ヘッドランプ、薬など)。
荷は小分けにしすぎないように、ただし、大分けは必要⇒緻密な管理は行動に支障となります(我々の目的はパッキングではなく登山です)。
・防水は極めて大事です。
ビニール二重化でしっかり防水<特に沢登り(濡れたら風邪引きます)・雪山(濡れたら死にます)>。
・「きつきつ」は消耗のもと。「美しいパッキング」は自己満足、各々が背負い易ければよし。

3、ではパッキングをやってみましょう:私の場合
・入れる順番(下から):エアーマット、ボンベ、ウィスキー、まな板、シュラフ・シュラカバ、着替え等、食料、ガチャ、ザイル、雨具、水筒、行動食、地図、救急グッズ等。
・ばさばさ入れてから、ザック全体を調整、ただし左右均等の重さ。
・さあ、背負ってみましょう。さあ、解体してみましょう。
・自分の「コツ」を作りましょう(自分が気にならなければOK)。
・時間制限を設けての練習をしてみましょう(登山はいつも時間との勝負)。  

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July 19, 2006

ノーマライゼーションの技術

ノーマライゼーションという言葉をごぞんじですか?

学校の成績が悪くて、しかも授業に参加出来ない人を、昔、デンマークでは、15歳を過ぎると遠くの施設にとじこめていました。
「それはおかしい」、「まちがっている」
と気づいた人達は、
「どんな人も、その人しかない素敵な所がある。皆といっしょに、皆と同じあたりまえの生活をすることが当然だ」
と考えました。
それらの人達によってノーマライゼーションという言葉が使われ始めたのです。今から50年ほど前のことです。

ノーマライゼーションはノーマル「ふつう」という言葉と関係があります。
「ふつうかふつうでないか」
はまわりの人が簡単に決めつけることではありません。

ノーマライゼーションは「幸せ」という言葉と関係があります。
「何が幸せか幸せでないか」
はまわりの人が簡単に決めつけることではないのに、「ふつうでないと思うこと」をそのまま「不幸せ」と決めつけてしまうことが多くあります。

日本では、耳や目の不自由な子供、車椅子で生活する子供がみんなと同じ学校に通うことは今現在は難しいことです。そんな例は他にいくつも見つかります。

まわりの人の考え方や街の構造物の作りによって生き方が制限されない社会を作ることがノーマライゼーションの考え方です。それは21世紀に目指している社会のあり方です。点字ブロック、介助犬、「世界に一つだけの花(スマップ)」など、街に学校に職場に・・・その考え方の浸透が少しづつ始まっています。

山の中で人は不自由です。山はノーマライゼーションされつつある街と反対側にある世界です。道はでこぼこ、藪こぎ有り、岩場も有り、通過不可能のボロボロの壁有り、ブリザードが吹き荒れることだって有ります。

登山技術は山の中の不自由さや厳しさや危険を回避して前進するためにあります。そして、その技術を応用すれば、登りたい意志のある人ならどんな人でも山に登るチャンスを与えることが出来ます。上級登攀ガイドや国際山岳ガイドの方にお願いすれば世界トップレベルの難しい山でさえ行けてしまうでしょう。登山技術はノーマライゼーションの技術であるとも言えます。

そんな登山技術を身につけて、自分だけでなく様々な人のために使えたらうれしいと思います。
①技術や体力を身につけるために貪欲になろう。
②技術や体力を維持するトレーニングをしよう。
③ゆるやかなカーブでレベルアップを計ろう。
④仲間の安全に対して気配りを怠らないようにしよう。
⑤自分に出来ることと出来ないことのバランスを考えて山に行こう。
⑥人の企画する山に行くと、同じだけ自分の企画する山に行こう。
⑦タダのガイド山行はしないようにしよう。
⑧時間が出来たら一人でも山に行こう。
⑨何歳になっても山に行き続けよう。
⑩その他・・・(J記)

<注>タダのガイド山行・・・“岩登りを始めて半年くらい経って、日和田山男岩南面の一般ルートをリードで登れるるようになったばかりの後輩”と“一ノ倉の10ルートくらいを手中に収めている先輩”が一ノ倉の中ではやさしいと言われている二ルンゼあたりに個人山行に出かけていくような場合を言う。

ガイド料をもらうガイド山行と異なりお金に対する責任が生じないスタンスが先輩後輩の双方にスキ生じさせる。両者は完全な連れて行く連れて行かれる関係にあって、もし先輩にトラブルがあれば後輩は進退きわまってしまう。トラブルに至るまでの各段階でも先輩は後輩に相談出来ないし不安な態度を見せることも出来ないので、対応がズルズルと後手に回って行く。

先輩は後輩のレベルに合わせ山に行きゆるやかなカーブで後輩のレベルアップを計るべきである。後輩は自分のレベル数段超える山への個人山行に行ってはならない。

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July 13, 2006

源治郎沢のドロ水

Img_2055 最近、天気予報がどうもあたらないと感じる人が多いみたいです。そんなことはなくて、もし予報が当たらなくてもそれは現在の技術を結集した最高レベルの予報に伴う最小のズレであり、誤差みたいなものであるはずです。

それにしても、週末に雨や曇りの天気となることが続いていますね。先々週の7月2日の日曜日は曇の予報がズレて雨が降っていました。「最近の天気予報は当日の朝までわかんないだから!!」怒りっぽいウチの奥さんは僕に向かって吠るように言います。ちなみにウチの奥さんは山には行きません。山にはトイレがないからというのがその理由です。旅行好き?の彼女は新聞社の企画する大型バス乗り合い観光ツアーをよく利用しています。7月2日は『東の小京都、川越、北千住発』というやつに行って来たようです。いっしょに行ったお友達は小学校や中学校のPTAの役員をした時に知り合った連中で、自分たちで『オバの会』とかいうオドロオドロしい名前をつけているんです。会員は五人くらいいるらしいです。 夕方遅くまで、かくれんぼ、かんけり、そして軟式テニスボールでやる路上野球、まったく無風日を選んでの路上バトミントン、月刊冒険王、週刊少年マガジンの熟読、トランプ、ヨーヨー、鳩小屋作り、ほんとに乗れる船作り、Uコンエンジン機、なんかで遊び惚けていた少年の日以来、ぼくはPTAのおばさんには近づきたくない気持ちが擦りこまれているんです。

さて、ぼくはと言えば、自称『我ら青年登山隊』とか『TACC(外岩10aクライマーズクラブ』
の会員ですので、日曜日には表丹沢の源治郎沢に行っていたのです。その丹沢行はほとんど1日雨でした。

渋沢駅からタクシーで戸沢出合いまで入るのですが、駅前に乗り入れのタクシーはそこまで行ってくれません。林道を行く時にで車の底を擦って傷めるからです。神奈中ハイヤー(0463-81-1801)という会社なら行ってくれるというY講師の情報を得て電話予約しました。「お客さん、2人までにして下さい。」
と言うのを強引に頼み込んで3人にしてもらい、残りの3人をぼくの軽自動車(4WD)に詰め込みタクシー代を6人で割るという超エコノミックな方法でアプローチしました。

戸沢出合いから水無川右岸の林道行くと大きな堰堤の上で分岐となります、右は書策新道で左は天神尾根道です。書策新道を進むと源治郎沢を渡ってしまいますが、それでも、さらに30メートルほど進むと『源治郎沢入り口』とかかれた立派な導標が見つかります。導標の指示に従って左に踏み後をたどれば堰堤を一つ越えた源治郎沢の入渓点に立てます。

神奈川県登山指導センターの沢登り講習会のメンバーと思われる20名ほどのパーティに遭遇、勧めに従って先に行かせてもらいました。源治郎沢は思ったより明るく開けた沢でした。水量もそこそこあって、次から次と直登出来る滝が出て、そのどれもが楽しく安全に登れます。神奈川県登山指導センターの敷地みたいな場所にある沢なのでそこの講習会に向けての整備が進んでいるからなのです。電動ドリルを使って敷設したであろうハンガーボルトが要所要所にあってそこで確実なランニングビレーが取れるのです。滝の落ち口にはフリーのゲレンデまがいの終了点が作られています。リードする人もセカンドで登る人も超&超安心です。

最後のチョックストーンの滝を越えるころに雨足が強くなってきました。少しだけ水が濁ってきたので、メンバー3人が直登している間に残りの4人は高巻いて先を急ぎました。さらに激しく、大粒の雨が降り出し、水は黄土色に濁って来ました。

風の向きが変わり、『に・お・い』も変りました。『に・お・い』はドロ臭いような台風の後の増水した川のそれと似ていました。

「Y君(最後尾にいた)右に逃げるよ」ぼくは大声でいいました。ぼくと合わせて3人がはそれぞれのルートで左のドロ壁の側壁をだまして登り(草付とか泥壁に対応出する謎の登り方)数メートル上の樹林帯に這い上がりました。それぞれが樹にお助け紐をフィックスして後続が登りやすくなるようにルート工作をしています。
「早く、早く!」「早く、早く!」・・・。
三つのルートから全員!ドロ壁を越えた頃、源治郎沢源頭部の涸れ沢がドードーという音を轟かせる茶色い瀑流に転じました。

そのまま側壁を尾根上まで登り、ヤブっぽくなった尾根の稜線を忠実につめること30分、花立の下の大倉尾根の登山道に出ました。

雨が続いていました。ぼくらは大倉尾根を沢靴を履いたまま下りました。天神尾根の分岐で大倉に下るメンバーと別れて、ぼくは一人戸沢出合いへと下りました。下りの1時間がなんだかとても長く感じられました。ようやく水無川の堰堤に降りた所で大勢の人に出会いました。それはあの登山指導センター源治郎尾根講習20人パーティでした。聞けば、彼等は沢の右の尾根(源治郎尾根)から脱出したとのことでした。ぼくらより歩程で1時間ほど下流にいたのに、うまく尾根に逃げて、素早くメンバーを下山させた登山指導センターのリーダー諸氏にそっと拍手を送りました。(J記)

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