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November 26, 2007

鷹取クライマーに乾杯

36年前の6月のこと、僕は大学の四年生でした。
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夜の8時ごろに後輩の田君から電話がかかって来ました。
田:「今度の夏合宿に毛勝に行きます。ザイル持って行きたいんです。」
僕:「フーン!」
田:「それで、ザイルを買いたいんです。」
僕:「部室に古い12ミリがあったじゃないか?」
田:「あれは撚りザイルでもう古すぎます。」
僕:「それじゃあ、部費でザイル買えばいい。」
田:「ザイルは部じゃなくて個人で持った方がどう使ったかがわかるから、個人で買いたいんです。」
僕:「フーン!」
田:「お金がないので、僕と岸とJさんの3人で買って、毛勝に行った後は3人で交代でそれを使いたいんです。」
四年生部員は後輩にはとても優しいのです。僕はすぐにOKの結論を出してしまいました。地下鉄千代田線を作る工事のアルバイト収入があったばかりのゆとりがそうさせたのかも知れません。
僕:「・・・わかった、その話しに乗ろうじゃないか!」
田:「それでザイル買いに行きたいのでいっしょに行って下さい。」
僕:「・・・来週の水曜ならOKだよ!」
話しがまとまって、僕と田と岸の3人は鶴見のIBSにザイルを買いに行きました。店員に9ミリ一本じゃ本番に使えないと言われて、エーデルリットの11ミリの40メートルザイルを買いました(今思えば、様々な諸条件に合っていたのは8ミリ30メートルの補助ロープと考えられます)。そしてその週の日曜日に鷹取山にザイルの使い方研究に三人そろって出かけて行くことになりました。先輩で横須賀山岳会に入っている原さんに
「教えて下さい!」
と頼んでみたら、わりとあっさり、午後だけですが、来てもらえることになりました。原さんとは午後1時に石仏の前で待ち合わせです。
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僕の部つまりワンゲル部は夏は縦走登山(含ヤブコギ)で冬は山スキー(ツアースキー)がメインの活動でした。岩登り、沢登り、2000メートル以上の雪山登山をやってはいけないというルールは無かったのですが、OBになってからやるというような暗黙の了解みたいなものがありました。上記のエーデルリットのザイルは2万円以上しました。ジュラルミンのカラビナが千円以上、ハーケンは6百円以上です。クライミング用品は現在の値段と大差がないのです。学生食堂で定食が60円、うどんが30円で食べられた時代です。ハーケンを2つ買うお金は学生の一ヶ月分の昼飯代に相当しました。僕らの部が岩登りとか2000メートル,以上の雪山登山をやらなかったのはお金がなかったからだと思います。
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さて、その日曜日、僕ら3人は湘南電車に乗って東逗子駅で下車、地図を見ながら鷹取山に向かいました。私鉄の京浜急行線より国鉄(今のJR)で行く方が安かったのです。鷹取山に到着したら、たくさんの人が岩を登っていました。社会人山岳会の全盛の時代です。20代から30代のバリバリのクライマーたちがほぼ全ての岩場に取り付いていました。当時から岩にはハーケンを打った跡の穴がいっぱいあいていました。リードする人はその穴にハーケンを思い切り打ち込んで支点とし、アブミをかけて人口登攀で登ります。セカンドも人口登攀で登り、トップの打ち込んだハーケンを左右にたたいて抜いて行きます。鷹取山の岩はやわらかい砂岩なので、人口登攀で登られるたびに穴が大きくなって行きます。僕達はまさに、その「穴を大きくする」渦中を見たのでした。
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バリバリクライマー達の人口登攀をしばらく見学した後で、歩いて登れる岩の上(たぶん石仏エリアとコの字エリアの間にある岩)に出て、そこで肩がらみの懸垂下降の練習をしました。午後1時になって原先輩が合流、リードアンドフォローのロープワークを教えていただき、3級の岩場を登りました。たぶんそこはコの字エリアに行くためのアプローチになってる緩い斜面とコの字エリアの西側にあるちょっと暗い場所の緩い斜面です。コの字エリアにも行きました。夏だというのに、十二本爪アイゼンを使って練習をしている人がいました。トラバース練習(現在のボルダリングに近いこと)をしている蜘蛛みたいな人もいました。みんなクレッターシューズと呼ばれる登山靴で登っていました。僕らは縦走用の登山靴で登りました。ハーケン打ち&ハーケン抜きも体験しました。思い切りたたきこむとハーケンが効くことがわかりました。
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大学四年が終わって、僕は就職しました。自分の性に合っていない職種だったようでけっこう苦労しました。山登りや岩登りに出かけて行く余裕は10年ほどありませんでした。エーデルリッドのザイルは田君と岸君がしばらく交代で使い、その後、部に寄付されて、10年ほどで廃棄されたようです。
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そして、時は経ちました。鷹取山はハーケンを打った後に残った穴をホールドにして登るフリークライミングの場に変りました。
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2007年11月25日の日曜日にTimtamの救助訓練ということで鷹取山に行って来ました。幸い、風もなくて朝から暖かい一日でした。訓練場所は午前中は「コの字エリア」にて自己脱出、仮固定各種、懸垂下降各種、宙づりからの救助の訓練を行い、午後はコの字エリア入り口手前の「樹木の広場」で、人の背負い方、ザイルの結び目通過、負傷者の吊り上げ各種、ツエルト担架の作成、を行う予定でしたが、樹木の広場が救助訓練してるみたい登山者でいっぱだったので、出来るだけコの字エリアで内容を消化することにしました。午後2時を過ぎて樹木の広場に移動、ザイルの結び目通過、負傷者の吊り上げ各種の班別練習のみを行いました。ツエルト担架の練習は時間切れで省略しました。
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樹木の広場にいたのは二つの山岳会の人達だったとわかりました。合わせて40人ほどいました。その半数ぐらいを占めるのは年配(70歳代かな)の方で、かなりの実力の持ち主とお見受けしました。その年配の方々の中には、その昔、鷹取山の岩にハーケンを打ち込んで登っていたバリバリクライマーが何人も混ざっているだろうと推理出来ます。往年のバリバリクライマーと、それに並行して鷹取山に在る、Timtamの若きクライマー達に乾杯。(J記)

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November 13, 2007

日和田山の岩場、その長所と短所

長所は短所に繋がるものです。
曰く「短所を知って、長所を伸ばす。」・・・故事成語にあったかな?
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奥武蔵・日和田山の岩場はTimtamのホームゲレンデです。その日和田山の岩場にある長所とそれに伴う短所とその克服方法につい書いてみましょう。長所→短所→克服方法の順です。
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長所1:標高300メートルほどの日和田山の中腹に岩場があって、駅から歩いて30分ほどで行けます。Ⅲ級~5.11まで各グレードに3ルートぐらいづつ、数十本のルートがラインアップされています。岩場の下の広場がよく整地されていて居心地がいいです。岩場の上に登れば高麗駅とそのまわりの一戸建て住宅群が見えてそこそこ景色が良いです。
→上記の「長所1」だけとっても素敵な所だから、人がたくさん来てしまいます(特に春と秋の晴れた休日)。そんな時は、場所を先にとられたり、場所を先にとったとしても順番待ちをされたりして、落ち着けないです。
→午後になって空いてきてから男岩とか女岩に来るようにします。
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長所2:チャートという堅い岩で出来ていてホールドが欠けにくいです。プロテクションも頑丈に作れます。
→岩が硬いので冬場にアイゼントレーニングをされてしまいます。
→アイゼンに蹴られそうになるので冬場はヘルメットが必携です。
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長所3:高すぎず(最大25m)、広すぎず、メンバーの把握がしやすいです。
→高さがないのでマルチピッチの練習が出来ません。本番の岩場に行くために大切な高度感が身につきません。
→空いている時を見計らって男岩南面の中段でピッチを切る練習をしましょう。ピッチを切れるようになったら奥多摩・つづら岩や御坂・三ッ峠の岩場みたいな高さのある岩場に行きましょう。
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長所4:全てのルートに裏から回ってトップロープをかけに行くことが出来ます。
→一人で練習してる人にルートを占領されたり、安全の感覚が乏しい人が岩場の上にいたりします。
→一人で練習する人と仲良くなりましょう。早めに場所をゆずってもらえることに繋がります(シャイで親切な人が多いです)。岩場の上でセルフビレーを取らないとか、取ってもリングボルト一個といった危ない人がいたら「セルフビレーを2カ所の支点から取って下さい。」と勇気を出して言いましょう。
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長所5:トイレはないけれど、水場があって自然の水が飲めます。
→飲めないという人もいます。
→個人の責任で飲んで下さい(ぼくはいつも飲んでてお腹を壊したことはない)。駅や登山口にあるトイレで用を足すようにして下さい。
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長所6:Yさんが岩場を毎日見回ってくれていてまったくゴミが落ちてなくてきわめて清潔に保ってくれています。Yさん以外にも常連さんがけっこういて面倒見がいいです。 
→Yさんは違うけれど、説教好きの常連さんもいないではないです。
→Yさんに深く感謝しましょう。常連さんの説教は科学的に間違っていないかぎり素直に聞くことにして下さい。
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長所7:リングボルトやハーケンがプロテクションの主体なので支点を見きわめて登るアルパインクライミングの練習が出来ます(もちろんフリーの練習もOKです)。
→岩登りの慣習に初登の形式を尊重するというのがあって、フリー用のハンガーボルトが打たれることはあまりないです(10年ほど前にハンガーボルトを何本も打った‘新潟から来た’人がいたけどいつの間にか取り払らわれてしまいました)。ハンガーボルトが無いからちゃんとしたフリー用のリードルートはありません(探せばある)。
→フリーはトップロープクライミングでがまんしまよう。フリーのリードクライミングが目的の場合は近くの聖人岩や川又の岩場などに行きましょう。
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長所8:頂上直下の鳥居の広場からの景色は最高に良いです。麓の巾着田は良好なキャンプ場です(テント泊可、水遊び可、近くにコンビニ有り)。高麗川ではウグイが釣れるし、カワセミなどのバードウォッチングが出来ます。カレー屋、担々麺屋、豆腐屋などのお店めぐりも楽しいです。駅前に駐車場があります(1日500円)。曼珠沙華の名所です。
→油断をすると観光客やハイカーやキャンパーの混雑に巻き込まれます。
→テント泊しやすい場所はあきらめて、ゴロゴロ石の所でテント泊しましょう(背中に敷くマット必携、夜の喧噪を避けられます)。
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M浦は「○○山塾」と「登山教室Timtam」(2003年4月に変更)で1984年から2004年まで毎年2回、日和田山の岩場で岩登り教室の講師(orコーチ)を勤めました。2004年10月より日和田の教室は毎月1回実施となりました。年2回実施の時代は雨天決行でしたし、毎月実施になってからは雨天代替日を設けて来ましたから総実施回数は76回(20年×2回+3年×12回)と計算出来ます(概ね合っていると思います)。概ねですが、明日11月14日の日和田の教室は78回目となります。2007年の秋からは月に2回実施のペースになったので、100回目のカウントが間近に迫っていて、気合いが入ります。
応援よろしくお願いします。(文:M浦)

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November 11, 2007

日本ザルの30年

30年と少しだけ前のことだ、オープンリールのテープレコーダーからカセットテープラジカセに変ろうとしていた時代、VHSとかβマックスといったビデオ機械がまだ出来ていなかった時代、・・・のことだ。ぼくは「日本ザル」という学校教育用に作られた映画を数クラスの中学生達に見せたことがあった。学校の教室に暗幕を張って暗くして、白黒でなくてカラーの教育映画を見るなんてことが目新しかったせいか?あるいは映画の内容が面白かったのか?彼等が50分もの映写時間を飽きずに過ごしていた(見ていた?)記憶がある。
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瀬戸内海に浮かぶ「幸島」という所に野生の日本ザルが住んでいた。京都大学の霊長類研究所はその幸島の日本ザルの餌付けに成功して、その生態を詳しく観察することが出来た。映画「日本ザル」はその観察の撮影記録を編集したものだった。
@「イモ」と名付けられた母ザルと死んでしまった子ザルの話し
@「イモ」がまだ若い子ザルだった時に蒔かれたイモを海の水で味をつけて食べることを発見し、彼女が大人になるころに群れ全体に若者ザル文化として定着した話し
@イモより若いサルは海に入るけれど年配のサルは海には入らない話し
@ボスザル「カミナリ」とサブリーダーの「アカキン」と「○○○(名前は忘れ)」が群れを守り、群れを狙うヒトリザルとの攻防の話し
@ヒトリザルの攻撃でノイローゼになる「アカキン」の話し
などが紹介されていて、最後に
@島に犬が乱入した時のボスザルとサブリーダーザル
が活躍して犬を撃退する話しで映画は終了した。
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日本ザルの世界に「ボスザル」がいると信じていた。動物園に行くとサル山に行くのが好きだった。サル山では決まってボスザルを探した。多摩動物公園でサル山に向かって空気銃を打って来るワルイヤツがいてそいつから群れを守り、何発も何発も弾を受けて死んだ「ボスザル」の話しを聞いて感動したこともあった。
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伊澤紘生さん(宮城教育大学教授、霊長類学者)はこの30年間野生の日本ザルの観察を続けてこられた。伊澤さんも始めは群れの中にボスとかサブリーダーとかを捜したそうだ。そして、
「日本ザルの社会にはボスザルは存在しない。」
という結論にたどりついた。
「存在を証明するのは簡単だけれど、存在を証明しないのは簡単ではなかった。」
「ボスザルがいるのは動物園とか人間に餌付けされたサルの集団だけなのだ。それは人間から必要量程度のエサをもらって暮らすから、おいしい餌をお腹いっぱいに食べるために競争の原理が働くからだ。競争の原理が働いて、強いものが先に多く食べるという順位が出来てしまうのだ。野生の世界では木の実などの食糧は一斉にたくさん実る。食料をみつけたサル達は競争したり順位の確認などする必要はない。有り余る豊かな餌をのんびり食べたいだけ食べればいいのだ。」
「餌を求めて群れは移動する。当然若いオスの行動は速い。新しい餌をみつけた若いオス達は喜々として騒ぎ、群れ全体に餌の位置を知らせるのだ。そして、後から来る年寄りや子連れのサル達を追うような行動は観察されたことがない(餌を独り占めするようなことはしないのだ)。」
「条件を統一した時に競争が起こる。例えばルールという条件が統一されたスポーツとか、出題科目と出題範囲が統一された入学試験は競争そのものだ。それだから、競争のない野生の日本ザルの社会に学ぶことは多い。」
伊澤さんはちょっと聞き取りにくい浪花節を呻るような低音で話していた。(J記)

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