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April 25, 2011

日和見登山・蓼科山(shoujohanne)

当初、4月23日~24日で燕岳への個人山行を計画していたが、23日の天候が悪く中止にした。
震災の後、山から足が遠のいていた。いろいろと忙しいのもあったが、「なんとなくその気になれない」というのが一番の理由だった。 1ヶ月が過ぎ、そろそろ自分のために山に行こうという気になってきた。考えてみれば、2月下旬のタカマタギ以降、山らしい山には行っていない。 このまま自分の元気がどんどん消耗していってはまずい。 そんなわけで、去年も行ってよく知っている燕山荘への挨拶もかねて、燕岳登山を計画したのだが。
23日は、全国的に雨で強風を伴うとの予報だった。 せめて、足慣らしに樹林帯を合戦小屋までと思って荷造りをして寝たのだが、明け方、風の音で何度も目が覚めるほどで、気が萎えてそのまま朝寝した。
23日夕方の予報では、翌日は前線が抜けて天気も回復傾向。 「よし、朝起きて天気が良かったら蓼科山に行こう」と決めた。
蓼科山は標高2530m。 登山口からの標高差は800mで、ちょうど中房温泉から合戦小屋までに近い。 それに、樹林帯を合戦小山で行って引き返すのに比べれば、ずっと眺めも良い。

朝7時に松本の自宅を出発。 8時過ぎには登山口に到着。
駐車場で登山靴に履き替え、紐をぎゅっと締め上げたとき。 久しぶりの感触。

風もそれほど強くなく、好天の元、ぶらぶらと一人歩きを楽しんできた。

やっぱり山はいい。
なんということもない単調な山だが、鳥のさえずり、風の音にさえ心がほどけていく。

普段でも1ヶ月以上山に入らないこともあるが、今回はなんとも長く感じた。

Ch1 
登山道から見上げる山頂

Ch2 
山頂にて

Ch3 
霧氷と南八ヶ岳の嶺

これ以外の写真は、こちらで
https://picasaweb.google.com/shoujohanne/2011#

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April 22, 2011

冬の雲取山に登る、これまた楽し(I島)

2011年2月5日・6日 雲取山 

東京の寒気も少しゆるんだ今日は、三峰神社から雲取に向かう。I島は数回の雲取山を経験しているが、こちら側からは初めての山行。雲取山頂は事前情報によれば、20cm程度の積雪ということなので、雲取の北側にあたる三峰からのルートは少し雪が多いのかなと想像していたのだが、霧藻ヶ峰まで雪はなし。ここを過ぎてから登山道にちらほら雪がついていた。日差しはもう、春のそれだ。メンバーはM浦代表、ゲストのH田さん、あとはメンバーのT里さん、I藤さん、N嶋さん、途中の前白岩まで応援のK原さん、そして私の7人であった。

 数回の、高さにして150m程度の、幾分とも角度のある登山道を越えると白岩山に着いた。登りはそれほどのものではないのだが、結構長いルートである。途中白岩小屋で数頭の鹿を発見して、女性陣は歓喜の声を発していた。それでも鹿は逃げない。このあたりからは登山道にずっと雪がついていたが、アイゼンを付けるほどでもないので、そのまま芋ノ木ドッケへ。少々暗くなってきたので、用心してヘッドランプを装着。大ダワからは女道を選んで無事に雲取山荘に到着。午後5時を少々回っていた。10時50分ころに三峰神社を出発したので、6時間少々のゆっくりとした山行であった。小屋での部屋は2階で、快適であった。夕飯前に軽くビールを頂き、部屋に戻ってN島さんのウイスキーや、I島持参の明鏡止水・垂水、T里さん持参の真澄などを頂き、宿の人に早く就床するように諭され、就寝。

 明けて6日は晴れ。T里さんの体調が優れない様子なので、帰路の石尾根コースを見直して、早めに降りられる鴨沢コースを選択した。5時半と早めの朝食を終え、6時半を過ぎてからの出発であった。M浦代表の気遣ったゆっくりペースで雲取山頂へ。山頂からは富士も南アルプスも見えて、皆さん上機嫌であった。T里さんも避難小屋での休憩で暖かい飲み物を飲めるようになり、皆、幾分とも安心する。
 あとはとにかく下山である。途中数回の休憩を入れて、穏やかな日差しを浴びながら、時に吹く冷たい風に冬を感じながら、鴨沢には午後1時40分ころに到着した。T里さんもだいぶ回復した様子で、無事の下山に乾杯!(ただ大いに乾杯したのはI島一人だけであった。ふふふ)。

 雪はそこそこあったのだが、「もう少しあった方がよいね」というのがM浦代表の弁。二日間をそれなりに歩くというTIMTAMの企画が少ないので、そのような企画もあってよいと思う。2月末から3月の雪の多いときに歩くのも、楽しい山行に思える。次は2年後かな〜とはM浦代表の弁。皆さん、お疲れ様でした。楽しい山行でした(これは後にわかったことですが、T里さんはなんと山行後の診断でインフルエンザだっととのこと。山行メンバーに感染がなくてよかったですね〜)。

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地図読み山行は奥が深い(Its)

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往路でのやせ尾根

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復路の尾根下り

20114月10日 地図読み山行 丹沢三峰山:地図読み山行は奥が深い
 集合は愛甲石田駅。そこから講師車で煤ガ谷方面へ。谷太郎川に沿って南に下り、鳥屋待沢の出会い辺りで駐車。鳥屋待沢に平行して東西に延びる尾根を登って三峰山を目指す地図読み山行。参加者はH鎌講師、ゲストのI田さん、TIMTAMのI井さん、I藤さん、H崎さん、M輪さん、そしてI島の7人でした。

 地形図を見ると512mまでの稜線は明確です。最初ちょっとした登りがあって次に比較的緩やかな尾根を登ります。このようなパタンを繰り返して512mへ。550m付近からは西へと伸びる尾根と合流し、さらに100mほど高度を上げると方向が変わります。緩やかな斜面を進み777mへ。ここを過ぎるとやせ尾根を進んでいきます。急斜面を上り詰めて登山道にぶつかります。ここは登山道でも鎖があったり、また小さな登り下りがあります。三峰の山頂を過ぎてもしばらくは急な下降があります。

 今回じは鳥屋待沢の北にある尾根(616mや415mがある稜線)を狙って降りる予定です。前回(去年)の地図読みは尾根へ入る箇所がわからず、結局登山道を降りることになってしまいました。今回はリベンジで、どうにか探そうと、900mに近い箇所(地図では三峰を降りて、右に90度方向転換する辺り)から700mほど進んだところで慎重に右斜面を見ながらの歩きです。

 H講師が突然、ここだ!という声を発しました。みると枯れた笹が群生しているところに人が歩けるほどの隙間がありました。616mの尾根らしい方に進んでいくと、750m辺りで急斜面になり、小さな稜線が二つ見えてきました。左に行くとあぶないので、右に進みましたが、右に行きすぎて稜線が消えてしまいました。左は谷気味になっていて危険そうです(H鎌講師は素早くその点を指摘しました。流石です)。その地点から少々登り返すと右手に稜線のシルエットが見えます。どうもそのシルエットが目指す稜線のようです。全員が急斜面をトラバース気味に登り返し、稜線に上り詰めました。私がさらにその稜線を下り、東方向を下に覗くと、だいぶ下ですが角度が緩いしかも幅の狭い鞍部が見えました。たぶん、間違いなさそうです。進んでいくと616mでした。その後は難しい地図読みも必要なく、稜線を辿って下山です。

 降り口はまさに鳥屋待沢の出会いでした。沢にかかる橋の手前に降りました。M講師が下で待っていてくれました。

 今回はとにかく、自分の位置を地図上で確認しつつ進むという方法を徹底しました。それぞれの鍵となるような地点で、自分の現在地を地図上に位置づけられたと思いますが、小さな類似した尾根が複数あると、それらが極めて紛らわしく、現場で確認のための移動を積極的に行い、左右の尾根を確認する等の行動が大切であることを学習しました。

 地図読みは奥が深い!というのが印象でした。次回は是非、不動沢の北側の尾根を下りたいと思いました。ゲストのI田さんも大変満足されていた様子で、何よりでした。

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安達太良山は侮れない!(I島)

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頂上にて

P3060600
帰路

2011年3月5日・6日 
 5日の9時50分に二本松の駅集合。東北道を二本松インターまで行き、そこで高速を降りて駅に向かった。1時間ほど早めについて、駅前のセブンイレブンで講師のM浦車を発見し、隣に横づける。N嶋女史も一緒。駅の方に歩いて行くと小林氏を認めた。一本早い電車にて到着とのこと、近況を話し合う。しばらくして、I井氏、T里女史、Y井氏が合流して7人で2台の車にて安達太良スキー場に向かった。天気は晴れ。スキー場はそこそこの風が吹いていたが、駐車場は満車状態であった。整理員の指示に従って駐車し、出発の準備を整え、スキー場に向かう。道標に従っていくと、やがてスキー場から離れて山道へ。数十分も登ると勢至平に入っていく。本当に広い雪の原野が広がっている。のんびりとしたハイキングの様相である。勢至平で進路が西に方向が変わる辺りから、湯川の谷を歩く格好になる。右が谷方向で少々細い踏み後があるものの、歩きにくい。出発の折には晴れていた天気も、曇りで風も出てきた。谷が狭まってくると大きく左に曲がり、小屋が目に飛び込んでくる。今夜の宿泊施設である「くろがね小屋」である。2時前に到着したが、さっそく宴会モードに。日本酒、バーボン、ウーロンハイ、ビールなどを頂き、適当に温泉に浸かり、カレーの夕食を頂き、8時には就床した。宴会は長く、楽しく、・・・でした。

 翌日は6時20分には朝食、7時50分にはすべてを整え、山頂に向け出発した。天気は快晴に近かった。しかし、行程の半分を過ぎた辺りで次第に雲が出てきて、風も強く、視界も幾分とも悪くなってきた。頬に当たる小雪の粒も痛い。一緒の宿泊だった茨城山岳会の人たち20名ほどが先導してくれる格好であったので、山頂直下まで問題なく進めた。頂上は風が強く、視界がまったくきかなくなっていたので、数分で降りて、帰途についた。

 当初、下山はゴンドラ山頂駅を目指す予定であったが、視界がますます悪くなったので、M浦代表とY井講師で話し合い、往路を帰ることになった。茨城勢はゴンドラコースを行ったとみえ、進路方向には誰もいない。M浦代表を先頭にとにかく一路、くろがね小屋を目指す。歩き始めてからしばらくは視界が悪く、しかも強風が吹くなかでの移動である。こういう状況が道を失わせる原因になると直感した。しかし、数十メートルおきに立ててある竹製の目印を探して、進んでいった。小屋に近くなると人工物の一部(鎖はコンクリートの木に似せた柱など)が少し顔を出していて安堵する。小屋が見えたときには、本当に緊張が解けた。しばらく休んでいると、茨城勢も姿を見せた。きっとゴンドラコースに行って、引き返してきたのだろう。手がかりが少なければ、そちらのルートは危険ルートだ。小屋からの帰路の途中では、これから上がってくるパーティにもちらほら出会った。明日はさらに天候が崩れる予報である。彼らの安全を祈るのみである。

 スキー場の駐車場に着く頃には幾分とも晴れ間も見えていた。数百メートルの違いが絶対的な違いなのだと思った。電車で帰る皆さんを二本松の駅まで送り、労をねぎらい再会を思って分かれた。帰りの高速はまだ2時台ですいていた。東北の名山、侮れず。そして楽し。

追記:この一週間後に東北大震災が起きた。11日の大惨事を誰が予想できただろうか。自然の猛威の前には人間の築き上げたものが、むなしくも消えていく。いや、消えていくどころではない。人間の経済的繁栄を支える、英知を絞った科学技術の最先端のはずのものですら、むしろ制御不能の災禍をもたらすことを、私達は思い知った。自然災害はどれほどそれに備えようとしても、対応できないことがある(今回の地震と津波)。それは自然が途方もないエネルギーを持っているからである。しかし、人間がつくりあげたものは、油断さえなければ、それへの対応はできるものだと思っていた。そんなに人間は愚かしくはないと。しかし、そうではなかった(原子力発電所)。人間は自分で作ったものですら、コントロールできないのだ。だからもう作らないという発想はないであろう。しかし、自分たちの欲望から享受したがために(暑い日の冷たい風邪、寒空でも暖かい空気・・・、スイッチ一つでの快適な生活。素早い空間の移動・・・)、エネルギーを生み出すテクノロジーから復讐にあうというような構図がそこにはあった。物理的な快楽を追求することに慣れすぎた私達の姿が、なぜかそこにぽつんと見えたのは私だけではないだろう。これからのエネルギー問題を真剣に考える機会が必ず訪れよう。そのとき、私達はどのような決心をしたらよいのだろうか。そして、その決心はこれからの私達の生活に大きな変化をもたらすはずである。エネルギー問題は直接私達の生活に左右する大きな、そして経済的繁栄を左右する大問題だからだ。

 これから日本人はどのように生きていこうとするのだろうか。私が子どもの頃にはエアコンもなければ、携帯電話もなかった。もちろん、コンビニも。コンピュータも。今日、新しく開発された様々な製品に囲まれて、日々当たり前の生活をしていても、エネルギーの供給が止まってしまえば、私達は何もできない。そうなると却って、昔の生活の方がまだ豊かだったのではないかと思われる。薪でお風呂を沸かし、炭でお湯を沸かす。そして炬燵で暖まる。原子力がなくても最低限度の電力エネルギーで生きてきた。人類よ、おまえは一体どこに向かおうとしているのか?とついつい問いたくなってしまう。もちろん、その答えは与えられるものではなく、探し続けなくてはならないもののはずである。その覚悟をするべき時なのかもしれない。 

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