川場谷の写真(K上)
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上州武尊山 薄根川 川場谷
平成24年9月15日 ~平成24年9月16日
L:Y井(記)、他Timtam3名
1990年代後半、山岳会の仲間であるTさん、Fさんと川場谷を遡行した。まだ、3人とも年齢が若くかなり岩登りが登れたのだが、なぜ、この癒し系の沢に行ったのか記憶が定かではない。覚えていることは、水にジャブジャブ入り釣り師とトラブルになりそうになったこと、1日で稜線に抜けテントで寝たこと、である。沢自体の印象はあまり残っていない。今回、Timtamで再び、川場谷を遡行することになったが、あまり感慨は無かった。
9月15日(土)
杉並のいつものセブンイレブンで松浦車に朝4時に拾ってもらう。3連休の渋滞を避けるための早出だ。府中でSさんを拾って、中央道~外環道~関越道と快調に走る。沼田インターから川場村方面の道を行く。天気は秋晴れで快晴だ。秋としては暑い日が照りつける。高速道で合流したKさんの車と二台の車で川場谷へ。前武尊山からの下山口にある川場谷野営場の駐車場に車を一台デポし、入渓点のある桐の木キャンプ場へ向かう。林道横に車をとめ、キャンプ場すぐ上から9時に入渓した。気温は高いが水は冷たい。都会では残暑が厳しいが、山では着実に秋が来ているようだ。まずは、名勝「ウナギの寝床」、なるほどそういう地形である。所々きれいなナメを交えて、沢をゆっくりと歩く。川場谷はゆったりとなめらかな流れをしており心地よい遡行だ。やがて、もう一つの名勝「獅子の牢」といわれるゴルジュ帯に入る。威圧感がない箱庭的なゴルジュ帯だ。右手から川場剣ヶ峰沢が入るところから核心部だが、ここに午後2時半に到着。まだ、遡行はできたが、左手(右岸)の笹藪の中にサイト適地の平地があるので、整地と焚き火の準備にはいる。焚き火とタープを張ったサイト地とはやや距離があったが、流木が豊富で、盛大な焚き火を囲んで夕食、宴会となる。宴会の締めに出てきたSさんの焼き芋が美味しかった。なぜ、前回はこんなきれいな沢を駆け上って藪近くのテントで寝たのだろう。
9月16日(日)
朝4時半起床、焚き火を再び起こし朝食となる。昨夜はやはり寒く、シュラフカバーでは足りず下着と雨具をつけて寝た。山はやはり秋だ。朝6時半出発。ここからが核心部。きれいなナメが次々と現れ、清らかな冷水をたたえた釜を持つ滝がアクセントをつける。8mの滝、ここが唯一ザイルを出すところだが、フリーで快適に登る。それにしても、なんという美渓だろう、特に、硫黄岩質にあるナメには青々とした水をたたえる釜がありなんとも神秘的だ。天気は晴れ、青い空と緑の上州武尊のコントラストが美しい。沢は、一筋の道のように緑の山に吸収されていく。沢はやがて、水が枯れてきて、立った岩場が多くなる。藪こぎを避けるため直進するものの、やがて沢は笹藪に吸収される。この笹藪は濃藪だが、秋の藪は、さらさらしている。前方遠目に縦走路が見え人が歩いている。約1時間弱の藪こぎだったが、このきれいな美渓の遡行に絶好のフィナーレを与えてくれる。11時半に稜線に到達。残念ながらガスってきたものの、こういう幽玄とした雰囲気の遡行終了もよい。4人で満足の握手。上州武尊頂上を約1時間かけてピストンし、前武尊経由で下山する。長い雨の降りとなったが午後4時に車がデポしてある駐車場に到着。入渓点の車を回収して、近くの温泉場へ向かう。温泉につかると、なんとも言えない、「じわっとした感じ」が体中に広がった。帰りの渋滞を抜け、杉並のセブンイレブンに午後10時過に帰着。家に帰ると、家族はもう布団の中にいた。
出発2日前の夜中に腹痛に襲われ嘔吐し体調が今一つだった。遡行当日も胃がぎゅっと掴まれる痛さがあったが、沢にいる間に直ってしまった。自然による治癒力なのだろうか。
それにしても、美しく神秘的な沢だった。前回、何故、この沢の良さに気がつかなかったのだろう。年齢とともにわかることがあるのだろうか。次回、行く時には、また別の感慨が沸くのだろうか、楽しみに取っておきたい。
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悪沢とは、ずいぶんとひどい名前をつけられたもんだ。
きれいな澄んだ水に、川底の白い石が見渡せる。 明るい沢。
白と黒のごまだらは、うちのうさぎに似ている。
「全高巻きだからつまらない」ととるか、「全高巻きだから見所がある」と考えるか。
結局は足がそろっていたので、いくつかの滝をロープを出して登攀した。
人があまり入らない沢なので、二俣でのルートファインディングも難しい。
しっかりとした地図読みに加え、偵察に行って残置スリングやハーケンを見つけるという慎重さも必要。
岩が脆くすぐ崩れるので、自然と「そっと力をかけて確かめる」という基本に忠実になる。
短いけれど充実したいい山行だった。
メンバーのひとりが、短パンと間違えてヤマスカを持ってきてしまい、その上にハーネスをつけた姿がすごく受けていた。
写真を撮り損なったのが残念。
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7月末に阿弥陀に行ったのを最後に8月は山に行きそびれていた。さすがに、このまま谷川岳の研修に行くのは不安なので、ちょっと足慣らしに美ヶ原に登ってきた。
サマーレスキューのロケ地が美ヶ原だと聞いて地図を見てみると、美ヶ原の南面には意外と多くの登山ルートがある。地形図から植生や勾配などを見て「百曲り」が怪しいとにらんだ。ネットで調べてみたら、やはりそうだった。
というわけでミーハーに、三城から台上に登り南縁の展望コースを通って王ヶ頭へ。下りはダテ河原コースで周遊した。
百曲りは、樹林帯を出て最後の10分くらいが岩と草のアルプス的な景観。
ここだと思ったところで写真を撮って、帰ってきて確認したら、どんぴしゃ、初回に診療所へ向かう向井君がへたり込んでお水をおねだりしていた場所だった。
展望コースをトラバースしているときに突然の雨。雨具は間に合わず、とりあえずザックカバーと傘で対応。王ヶ頭ホテルに逃げ込んだときは、汗と雨で体が冷えて手がかじかんでいた。
三城登山口から台上の百曲り園地まで1時間半。そこから王ヶ頭までが20分。王ヶ頭からダテ河原経由で登山口に1時間。
またひとつ、冬に登ってみたいプチ雪山ルートがみつかった。
<参考>
Timtam松本分校では2013年1月26日(土)朝発~27日(日)高原ホテル山本小屋泊で美ヶ原で雪山登山教室(基本ステップⅡ)を計画しています。
主都圏のひとには、「美ヶ原に歩いて登る」という感覚が無いと思います。ましては、厳冬期に。だから、なかなか面白い企画だと思います。理想を言えば、初日は曇って強めの風が吹いていて、二日目は朝からピ-カンだといいですね。樹林帯を抜けて台上に上がったところで、厳冬期の雪山を体験してから暖かい温泉に入る。翌日は、朝日に染まる北アルプスを眺めて、エビのしっぽが付いた雪原を散歩する。
松本の雪はパウダースノーなので、風が吹けばしっかり地吹雪になります。
厳冬期に2000mの部屋も料理も良い温泉つき宿に泊まる(1泊2食付9450円)贅沢な旅です。
夜には信州の日本酒を楽しむ会とよいどれ医療講座が開催されます。
北アルプスに比べ、美ヶ原側は冬の晴天率が高いです。ふるってご参加ください。
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剣岳 源次郎尾根
平成24年8月10日 (夜発)~平成24年8月13日
L:YSI(記)、登山教室Timtam8名
最後に剣岳に行ったのはいつのことだったか。その時は無名山塾時代のチンネ左稜線だったと記憶している。結婚前後のブランクを経て、ノマドでは、プランナーとして最後に残してあった剣尾根登攀を計画した。多分、1999年のことだったと思う。この前年に谷川のマチガ沢本谷で左肩を脱臼し、その後、筋トレを積んで来るべき剣尾根に備えた。左肩は半ば習慣性脱臼となっていたが、「剣尾根まで持ってくれ」と祈るような気持ちだった。それほど剣尾根は思い詰めたルートだった。トレーニングも積み、準備も整え、出発前週に最後の調整のために谷川岳一の倉尾根に出かけたが、下部の尾根で藪こぎをしている時にまたも脱臼。あえなく、剣尾根は断念することになった。他メンバー3人は、翌週に剣尾根を抜けた。今では、月夜野の病院で左肩をはめてもらって、帰りの途中で立ち寄った喫茶店で苦り切った顔をしていたことを思い出す。それ以来、剣岳からは足が遠のいた。
2004年に米国留学から帰国して、夏は泊まりの沢に行くのが定番となった。「剣岳に行く」という気持ちがもはや意識から無くなっていた。そんな中、今年6月、思いがけずTimtamの松浦さんから源次郎尾根の講習会に誘われた。水戸から東京に戻って4ヶ月経過していた。東京で再び山に頻繁に通い始めていたが、この時だけは、「剣」、この不思議な響きに何かが反応した。昨年までであれば、たとえ夏に剣に誘われても「夏は沢登りさ」と完全に思っていたが、今年だけは何故か違っていた。また、考えてみれば、あれほど通っていた剣では松浦さんとザイルを組んだことが無かった。何かが、呼んでいるのだ。
8月10日(金)
剣岳は呼んでいたのかもしれないが、状況は邪魔をしていた。新たに担当する仕事のスタートが8月9日となり、10日、その次の週はどれくらいの仕事量かわからない。松浦さんに最終的に参加を返答したのは本当に直前だった。弱気になって、「やっぱり、やめようか」、「やっぱり無理だ」と何回も思ったが、思い切って行くというネジを自分に巻いた。幸い、思ったほど仕事の量も増えず、10日の夜行バス「さわやか信州号」に乗ることができた。
8月11日(土)
扇沢に5時半に到着。同じバスに乗っていたメンバーも含め、総勢9名のメンバーが揃った。梅雨明け以降、安定した晴天が続いていたがお盆期間になってから天気が崩れだした。だいたい、剣岳の登攀適期は梅雨明け2週間でお盆だとやや遅い。前日、既に扇沢にいる、松浦さん・Nsさんの先発隊と電話で連絡をとり、天気が悪い場合は、「長次郎雪渓を行けるところまで行こう」ということにしていた。内心、「やはり剣との相性は回復していない」と思いながら、かつて何回も歩いた黒四ダムから内蔵助平~ハシゴ段乗越のルートを行く。いつも炎天下や雨天の歩きであったが、今回は曇天のためやや楽に歩けた。天気予報は的中し内蔵助平から雨となった。雨具をつけて、ハシゴ段乗越を越えると眼前にマイナーピークが現れた。漸くここに帰ってきた。真砂沢まではあと少しだ。尾根から沢に降り、やがて、雪渓の末端が見え始めたが、まだ、真砂沢は目の前の丘に隠れて見えない。丘を登り切ると、ひょっこり、真砂沢ロッジと真砂沢のキャンプ場が現れた。何年も会っていない友人と再会するようななんとも言えない懐かしさだった。やはり、ここのテント場は他の場所とは雰囲気が異なる。クライマーばかりでハイカーと観光客はほとんどいない。今回は講習会ということもあり真砂沢ロッジに宿泊。まずはビールで疲れた体を癒し、快適な小屋での食事、睡眠となった。
8月12日(日)
天気予報は外れ快晴となった。3時半起床、4時半出発。今日は長丁場だ。前回、源次郎尾根に登った時は多人数のパーティーで途中から雨天となり、しかも、別山尾根から下山したので真砂沢のテント到着は夜8時を回っていた記憶がある。今回は、なんとか夕食までには帰りたい。取り付きまでの雪渓をひたすら登るうちに朝となった。途中、若く元気な東京農大山岳部のパーティーに抜かれ、若き日の光景が脳裏をよぎった。目の前には源次郎尾根のⅠ峰がくっきりと見える。長次郎雪渓の入り口を通過、映画「点の記」で写った場所でもあり、かつて何回も八つ峰Ⅵ峰のフェースに通った道でもある。
源次郎尾根は、取り付き直後の難しい岩場は案の定渋滞だった。その後は、源次郎尾根名物の灌木まじりの岩登りだ。どんどん高度を稼ぎ、だんだん展望もよくなってくる。やがて、尾根はリッジとなり、右側にトラバースをするとⅠ峰へと至る草付の岩場に到達。ここは、落ちるといけないのでザイルべたばりで登攀する。Ⅰ峰の後は本当の岩稜となる。晴天で高度感、眺望とも申し分ない。やがて、核心部であるⅡ峰の懸垂下降になるが、ここを越えると引返せないことと、やや時間がかかったことから、松浦さんから下降しようかと相談をうけた。確かに、時間はかかっているが、メンバーも歩けているし天気は持ちそうだし、なんと行っても、この頃から見えだした剣本峰の勇姿を見ては引き返せない。即座に「脱出口は頂上です」と返答した。Ⅱ峰の懸垂下降を慎重にやりすごし、先に降りたNaさん先頭に先に歩き出してもらう。今から考えると、この懸垂下降がもし後続パーティーに順番を抜かれていれば、その日の下山は出来なかっただろう。剣との相性はだんだん回復してきたのか。剣本峰まではひたすら苦しい登りだ。午後4時半、待望の山頂。360度の素晴らしパノラマだ。剣は快く迎えてくれた。
下降は、別山尾根か長次郎雪渓か迷ったが、松浦さんと相談し、疲れたメンバーが別山尾根を下るより、時間的に有利な長次郎雪渓を降りたほうがよいということになり、剣北方稜線を下降。ここは、落石の巣でなかなか手強い。夕日の中、雪渓の状態も気になり気ばかり焦る。メンバーの数名はこの悪い尾根を降りづらそうだ。長次郎雪渓はザイルを3本(150m)つないでアイゼンとバイルによる下降。そろりそろり、リードしていく。人生と同じ、大胆かつ慎重な一歩が全てだ。やがて眼前に大きな段差が現れる。これは降りるのが怖い。ザイルに助けられて120mくらい下降したところにシュルントを発見し、比較的安定していたので、後続メンバーの確保体勢に入る。メンバーをそこまで降ろし、その先は松浦さんリードでさらに下降。やがて、トップが安定した場所に出たので、各人シュルントから順次下降した。途中でザイルをほどき熊の平に。薄暮の中、目の前に雄大なⅥ峰のフェース群が迫る。ここからは懐中電灯を頼りに長次郎雪渓をひたすら降りる。すでにあたりは真っ暗だ。ようやく午後7時半に剣沢に到着。小屋には午後9時前全員が無事帰着。小屋は親切にも食事を待っていてくれた。既に気温は低くなっていたが冷たいビールが体にしみる。
8月13日(月)
疲労感が心地よい。朝から雨で、昨日は奇跡的な晴天だったとわかる。雨の中のハシゴ段乗越から、真砂沢と剣岳に別れを告げる。長い道のりを疲れた体でのろのろと歩く。午後4時に黒四ダム下に到着。この頃から晴れてきて、黒四ダムへの登りは暑かった。かつて聞き慣れた「佐々成政の黒部越え」の逸話を聞きながらトロリーバスに揺れる。扇沢からは松浦車で東京へ。渋滞のため家に着いたら夜11時半だった。家族は実家に帰り不在だ。その晩は、旨い酒を飲んでぐっすり寝たことは言うまでもない。久しぶりに味わう充足感だった。
今回はいろんな意味でタイミングが良かった。剣に引かれたという感覚を持っている。果たして、剣岳との相性は復活したのか。その確信を得たのは本峰から長次郎雪渓を下っている時だった。剣岳の登攀はいつも充足感を与えてくれる。今回もやはりそうだった。登山者をどっしりと迎え、体力、気力とも消耗させ、精一杯遊び尽くさせてくれる。これが剣岳の醍醐味だ。
小屋に下山してきすぐ松浦さんと目が合った。期せずしてお互い同時に「いや~、やっぱり剣岳だったね」と言った。この言葉に全ての思いが集約されているように思う。この充足感は何者にも代え難い。これが登山の本質なのだと思うし、剣は登山の本質を呼び覚ます場所なのであろう。
以 上
到着 出
11日(土)
扇沢駅 待合 5:30 6:30
黒部ダム 6:46 7:31
内蔵助谷出会 8:46 8:56
内蔵助平 11:14 11:17
ハシゴ谷乗越 13:19 13:19
剱沢の橋 14:00 14:00
真砂沢ロッジ 15:24
12日(日)
真砂沢ロッジ 4:40
源次郎取付 6:00 6:36
Ⅰ峰 12:50 13:05
Ⅱ峰懸垂地 14:12 15:06
剱岳本峰 16:30 16:36
長次郎コル 17:22 17:30
真砂沢ロッジ 21:00
13日(月)
真砂沢ロッジ 7:30
剱沢の橋 8:01 8:11
ハシゴ谷乗越 9:40 9:40
内蔵助平 11:42 11:42
内蔵助谷出会 14:22 14:22
橋 15:30
黒部ダム 16:02
黒部ダム 16:35
扇沢駅 16:51 16:55
(Timtam Itsuさんの記録より)
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クラシックルートの難しさ
3-4級ではほとんどピンなし 5級や6級でもわずか 痕跡も少なく ルートを読む力が求められる また ナッツやカミングデバイス能力が必携
一部クラシックルートは カミングデバイス中心のフリールート中心に グランカピュサンやブレチェール等 高名な登山家が登った一部ルートは 7a程度が楽にオンサイトできないと登れない +6a程度が遙かに続くルートでも 日帰りで登っている(氷河歩き等に必要な装備は取りつきにほぼデポ トップは空身というスタイルが多い)
9ミリシングルロープ60m以上が標準? 懸垂用に同ロープをもう1本引いていく
フリクションが効く岩場を1日登って降りてくると 靴底とロープはかなり消耗します
懸垂他
プルージック等のブレーキバックアップをとり ロープのこんがらがりを両手でほどいて降りている
クラシックルートを登山靴で登っている方も結構いる 4-5級の1ピッチに残置1本程度でも登りきる力(それが半世紀以上も前に登られたルートだったりする)
ショートロープも岩場ではあたりまえに 1ピッチ20-30mが続きそうなところは 必要以上にロープを出していない 岩稜ではよく見かける
氷河歩き
アイスハーケン+プルージック器具 +スリング(細引き)+ブレーキ付プーリー+アックス+クランポンは個人装備
氷河は毎日、表情を変える 昨日行ったコースが翌日は通れないことも
ガイドが通ったコースが参考になります
今夏は異常に暑く 夜中1時でも雪はシャーベット状だったり 異常・・
高所滞在
モンブラン登頂を目指して 途中の小屋で天候回復を待ち何日も滞在する方もいるようです 山小屋も富士山以上の高度
日本でできるトレーニング 富士山の頂上で宿泊することも有効かもしれません
暑い
シャモニ 標高約1000m 昼間は33度とか記録(湿度がないので日陰は涼しいのですが) 高山も日射が激しいので 日よけ&日焼け対策+水分摂取+雪目対策は重要です
登山用具
靴やロープは現地で調達することお勧めします(安い) ガスボンベはEPIタイプ各サイズ売ってます アックスやクランポンは登山用具店等でレンタルも有り
キャンプ場
シャモニロープウェイ乗り場から近いところにあります 1人1泊600円くらい シャワー*水洗トイレ*洗面場完備 スーパーも近くにあります
WIFI環境
観光協会はフリースポットになってます、周辺広場でも可能 喫茶店等可能な場所もあり(飲み物頼むとパスワード教えてくれるとこ利用してました)
食事
フランスパンをメインに野菜やチーズ・ハム・肉をスーパーで購入して食べてました (とても美味しい)たまに外食
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