スリングをたすき掛けにするリスクについて(松浦)
「クライミング中の墜落時にスリングが引っかかって墜落が停止した場合、 墜落をスリングのみで停止させることになる」ということが第一の問題です。
クライミング中の墜落時にスリングが引っかかって墜落が停止した場合はメインロープに墜落の衝撃が伝わりません。つまりメインロープによる弾性確保にならないのです。スリングに弾力はほぼ無い(ダイニーマならほとんど無い)ので、首吊りになる前に、肩をや頸椎を骨折させるほどの衝撃加重がかかります。それは、一瞬で意識を失うほど強烈なはずです。たすき掛けでなくて、腰のハーネスにスリングやギア類を吊るしていても、それが引っかかってスリングのみの停止となれば、骨盤や腰椎を骨折するほどの衝撃加重は否めません。でも、ハーネスのギアラックがちぎれるように作ってあればその衝撃加重は回避出来ます{図のペツルの説明図ではギアラックの静加重強度は10daN(デカニュートン)つまり100N(約98Kg重)}。以後、「首吊りのリスク」でなくて、「スリングリスク」と書くことにします。
スリングをたすき掛けにしていての事故について、雑誌岳人2006年たぶん8月号で紹介されています。
八ヶ岳の摩利支天沢大滝で、アイスクライミング中に滑落した人がいて、その人が肩掛けしていたスリングが氷に打たれたアイススクリューにひっかかり、顎の所でロックしてしまったために窒息してしまったというものです。
スリングをアイススクリューにタイオフしていたために起きた事故のようです。上図を見ると、窒息の前にすでに意識を失うほどの衝撃があったと推理出来ます。
岩のでっぱり(矢印はスリングをタイオフして支点に出来そう,写真をクリックすると拡大します)とか岩用のハンガーならばスリングが引っかかる可能性は少ないと思われます。
完全に打ち込まれずに途中でスリングをタイオフしたスクリューやハーケンの場合はその可能性が少ないとは言えません。 なので、写真のようなタイオフした支点を通過したら、「スリングリスク」が高まると知っていなければなりません。特にアイスクライミングの場合は注意すべきです。
薮岩登攀や沢登りではスリングを多用します。
灌木やハーケン(頭の穴がつぶれていたり,わずかしか出ていない,全部打ち込まれていなくて中間にタイオフする)を支点として登攀することが多い薮岩登攀や沢登りではスリングで支点を作ることが多いです。そのような場所に限らずとも、長く(少なくも40年)、スリングは(ギアラックも)肩にたすき掛けにして携行されて来ました。スリングを肩にたすきがけにしていると、素早くタイオフ(ガースヒッチのセット)出来て…①、片手でタイオフが出来ます…②。その2点のメリットは大きいです。
スリングをたすき掛けにして携行する
左:フリクションヒッチ 中:途中までしかハーケンが打たれていない場合のタイオフ
中央:大岩と大岩の接点にスリングを通して支点を作る
右下:スリングを引き出すチョックレンチ(携行を推奨)
左&中:ガースヒッチは静加重強度が1/3に低下するが、それでも約7KN(786Kg重)ある
ガイドはロープをたすきがけにして持つので、スリングやギア類は腰に吊るします。
ガイドがショートロープでお客様の安全を守る時に、余りのロープをたすき掛けにして持ちます。スリングをたすき掛けにして持っていると、それがロープの下に来てしまって。必要な時にスリングを取り出せなくなります。ガイドがたすき掛けにしたロープにはスリングリスクがありますので、ガイドはそのことが分かっていなければなりません。
ガイド協会のマニュアルより
たすき掛けにしないで首にかけてしまう、ケアレスミスも心配です。
携行するスリングの全てを腕を通して肩掛けしたと思い込んでいて、実は、1本か2本が首掛けの状態になっているのに気が付かずに行動してしまうことは、ありそうなことです(実際に何度も見ています)。この場合は墜落でなくて、引っかかっただけで窒息の可能性が出てきます。ザックを背負ってからスリングをたすき掛けにするのでなくて、スリングをたすき掛けにしてからザックを背負ってしまい、ザックを降ろさなければスリングを出せない状態になることも、ありそうなことです(こちらも何度も見ています,スリングリスクがあるに加えスリングが体から外れない)。
「スリングをたす掛けにする」はルートによって選択されるべきです
先に記したように、灌木や頭が隠れたハーケン等支点にすることが多い、滝登りや薮岩登攀の場合には、スリングを多用します。スリングリスクに備えて、スリングを腰に吊るしていると、「腰から外して、捩じられている又は編まれているスリングを伸ばす片手ではやりにくい動作」が加わってしまいます。「片手しか使えない不安定な場所で、素早く支点が作れずに時間切れやランナウトになるリスク」と、「スリングの肩掛けによるスリングリスクの増大」のどちらの回避を優先するかは、ルートによって選択されるべきです。
「薮岩や沢をリードする方」は、「扱いやすい60cmスリングを必要本数だけたすきに掛け,残りのスリングは腰に吊る」を選択するのが良いでしょう。
*ハーネスのギアラックにガースヒッチでかける方法の長所は,片手で出せる、短所は片手では戻せない,吊り下がる長さが30cm弱になる(スリングが引っかかる可能性を考えると20cm以下に収めたい),薮コギに弱い *編む(写真一番右)方法はなんと言っても扱いに時間がかかりすぎるので推奨しない。
「リードしない方、ガイドと行くお客様、連れて行ってもらうに徹している方」は、スリングを高速で扱う必要がないし、携行するスリングの数も少ないので、スリングは腰に吊って携行するのみにしましょう。
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