ハーケンにスリングをガースヒッチでかけるのは問題なのか?(山田)
写真左のようにガースヒッチでハーケンにスリングをかけることを避け、写真中央のように2重にとるか、写真右のアルパインヌンチャクをなるべく使うようにしている方が多いと思います。(以下:数字は全て概略の値です。)
「どうして?」と聞くと、
「ガースヒッチでスリングの強度が3分の1に落ちますから」とか
「スリングの強度は20KNでガースヒッチにすると7KNぐらいしかありません」とか
「ダブルロープの強度が10KNで、ゼロピンはその2倍近くに耐える必要があるから」とか、答えが返ります。そこで、以下、考えてみました。*マムートの新品スリングで,ガースヒッチは10KN,エイトノットで13KNだそうです。
上の3つの写真はガースヒッチを使うべき支点の例です。ガースヒッチを使うべき支点は強度が期待出来ない場合が多いです(20KNはほぼ期待できない)。
右写真はハーケンが主体のルートで、カラビナがハーケンの穴に入らない場合です(細スリングなら入ります)。1番上の写真中央(スリングを穴に通して2重に取る)の方法が基本形です。長くしたい場合は1番上の写真右( ガースヒッチで長く出す)を使います。長いスリング(例:120cm)を2重にしてもいいのですが、長スリングは、岩場の途中の片手しか使えないような状態では、設置も回収も携行も扱いにくいです。
岩の割れ目に打たれたハーケンの強度は不明です。細い灌木の強度も不明です。ガースヒッチでかけたスリングの方が強い可能性があります。スリングが切れる前にハーケンが抜ける方がありそうなことです。思い出すと、ハーケンが抜けた話は聞くのですが、スリングが切れた話は聞いたことがありません。私にもハーケンやボルトが抜けた経験が3回ほどあります。
結論として、支点の状況、残りのギアの数、持って行けるギアの数とその場で残っているギアの数、ロープの流れ、グランドフォールするかしないか、などを総合して、1番上の写真にある3種に加えて、短いアルパインヌンチャクと伸ばしたアルパインヌンチャクの5種のスリングセット方法を使い分ける必要があると考えます。
<参考1>
支点が脆弱なルートでヌンチャクを使う場合はビレー器をローフリクションモード(ロープをクライマー側とビレーヤー側を入れ替えてセットする等)にするのが良いです(上記のt秒が長くなる)。また、長く出した(ガースヒッチで良でしょう)ナイロンスリングを使うのが良いです。ダイニーマスリングはほとんど伸びないので、長く出しても衝撃吸収は期待できません。
<参考2>
地球の重力加速度は10m/s²(正確には9.8m/s²)です(再掲)。なのでは1kgの物体を地球が引力で引く力は10kg/ms²、つまり10N、つまり1kgの重さは10Nです。カラビナとかスリングの強度はだいたい24KNつまり24,000N、即ち、2400Kg重の重さが支えられることになります。3分の1になっても800Kg重です。
*Kg重とかg重は力の単位 Kgとかgは質量の単位
<参考3>
ビレーシステムは、墜落のエネルギーをロープと中間支点とクライマーとビレーヤーの弾性のエネルギーで吸収します。なので、岩登りのビレーは弾性確保と呼ばれています。ちなみに雪山で使うロープを流す確保は制動確保と呼ばれています。60kgの人が20m墜落したら(約2秒間の墜落)、質量×距離×重力加速度で11,760J(=2809cal) のエネルギーが発生します。力はN(ニュートン)で墜落のエネルギーはJ(ジュール)なので、何ニュートンだから止められるとか言っているのは、エネルギーを力で計っていることになり、「物理」では整合性がありませんが、あえて、ニュートンになるように記述してみます。
運動量(質量×速度)という量があって、さらに、運動量の変化=力×その力の働いた時間、という関係があります。
*以下、重力加速度は9.8m/s²ですが、10m/s²として計算します。
2秒間落ちると速度は20m/sまで加速されます。そこから墜落が停止すると20m/sから0m/sまで速度が変わりますから、60Kgの人だったら運動量の変化は60Kg×20m/s=1,200kgm/sです。
もしその墜落が1秒で止まったら、支点(複数の要素でエナルギーを吸収するのだが,1点のみにかかるとする)にかかる力(支点を破壊する力,以下破壊力と記載)は
1,200kgm/s÷1s=1,200Kgm/s²=1,200N=1.2KN です。
その墜落が0.1秒で止まったら、支点にかかる破壊力は二桁の12KN、その墜落が0.01秒で止まったら、「墜落から止まった物体」の破壊力は三桁の120KN、なのでスリングやカラビナのメーカーは弾性確保で止まる時間を0.1秒より少し多めぐらいのに想定しているようです。二桁キロニュートン(20KN~30KN)ぐらいで強度が表示されていることが多いからです(実際には静加重で測定するのみで、停止時間まで考えていないかも知れません。いずれにせよ、ロープが伸びる方が、あちこち摩擦する方が、スリングも伸びる方が、停止時間が長くなるので、「墜落から止まった物体」の破壊力は小さくなります)。
<参考4>
右写真は多くの人が懸垂下降している某人気ルートの支点です。ハンガーはたぶん室内用のジュラルミンです。ボルトの設置方法は不明です。「中でクサビが開くタイプなのでしょうか?」もしかしたら「穴をあけて、ネジ込んだだけ」かも知れません(岩が柔らかい溶岩なので,ネジを切って進むタッピングネジでなくても,ネジ込めてしまう)。外岩に設置されている支点でそれがハンガーボルトなら30KNに近い強度があると考えてはなりません。ビレーポイントや懸垂ポイントを作る場合、ハンガーボルト2個でOKとするのでなくて、ハーケン・カム・自然の岩角・灌木などと連結してなんとか3個以上にすることを推奨します。
左写真:現在のボルト→マニュアルに従って設置(固い岩に,規定の径の穴をあけ,粉を噴き出して,規定の接着剤を入れ,ボルトをしめて中のクサビを開く)されていれば30KNの強度が出る。ネジの締まり具合でクサビが開いているか確認出来る。ハンガーとボルトは同じ材質のステンレス。
右写真の左:中の状態が外観では確認できないボルト→たぶん中でクサビが開くタイプ。
右写真の右2個:電蝕したボルト→ハンガーとボルトの材質が異なるので,両者の接合部で電流が発生,腐蝕してしまう(電蝕=錆び)。
*写真をクリックすると拡大します。
<参考5>
ハーケンが効いているかを確認するのに、ピンチェックという方法があります。ハーケンの頭をハンマーでたたいて音を確認し、「キンキン」という高い金属音なら効いていて、「ボコボコ」とか「ボスボス」いう感じの低音なら効きは疑問である、といったふうに耳で感じる方法です。
<参考6>ハンガーボルトが効いているかを確認するにはレンチを持参して、ネジを試すように締めてみます。
<参考7>
RCCボルトとリングボルト(ジャンピングを使って手打ちで穴を空けて設置したボルト)が効いているかを確認するには深く入りすぎていないかを目視で確認する程度しか出来ません(穴が深すぎると中でクサビが充分に開かない)。
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